今年の入試は厄介なのが二人もいるな、と随分前から頭を悩ませていた。しかもどちらも合格してしまうもんだから、この学校の試験の非合理性に怒りすら覚えていたほどだ。世間に求められている輝かしいスター性も、他を助けんとする自己犠牲の精神も、ヒーローに必要な要素であることは否定しない。だが、それだけを持っていたとしても、現代ヒーローに十分な素質だとは思わない。
緑谷出久、ありゃあダメだ。
ヒーローに必要な情報収集能力も、純粋な戦闘力もなく、実力も精神面も他より劣っていた。しかも個性は一撃必殺ではあるがハイリターン。一度使えば全身骨が砕けるほどの威力。そんなことすりゃ自分が苦しむのに使いやがる。個性の調整が出来ていない。なのにヒーローとしての心構えは一丁前で、自分が誰かを助けられると勘違いしてやがる。逆に助けられる側に回る可能性が高いのに、自分には出来ると信じてやがる。自惚れた要救助者だ。
しかし、もっと厄介だったのは苗字名前のほうだった。
入試の様子を見ていると、動き方だけはピカイチ。メインの大通りに集まり戦闘を始める他の入試者より一歩前に出て集まるロボットを迎撃。そのまま自身に注目を集め、抜けたほうの通りで沈静化。そのまま0ポイントのロボットから逃げ遅れている他何人かの入試者を救出。試験が終わるまで状況を保ち続けた。
情報収集能力、戦闘力、判断力、すべてにおいて抜きん出ている。さらには他を助けんと率先して動く自己犠牲精神も、何があっても慌てない冷静さも兼ね備えており、実技のポイントだけで言うとトップに躍り出るような立ち回りだった。まるで”プロヒーローのような”動き方だ。そんな風に思った。
では、そんな奴の何が厄介なのか。
「苗字名前、個性【無痛むつう】ね……」
入学書類で提出しなくてはならない個性届を見て思わず頭を抱えて呟いた。
入試の時も、確か終盤のロボットと対峙した際に攻撃を受け、上腕骨を骨折していたと聞く。それだけじゃなく、どこで切ったのか腕や足から多量の出血をし、輸血寸前だったという話もあった。それなのにも関わらず、周囲にその怪我を悟られることなく、試験終了まで動き続けた。
「痛みを感じない」という個性から、自分に起こる危機的状況に気が付かず何処までも危ない橋を渡る。しかもそれを悪びれなくやってのけてしまう。緑谷みたいに一度で止まってくれるならまだ可愛げがあるというもの。自己犠牲精神が高い以上、苗字は何度でも、何度でも。ボロボロになって血まみれになってでも”敵ヴィランを倒す”か”自分が倒れる”まできっと戦い続ける。そんな奴だと直感した。
そんなやつをヒーローにするわけにはいかないと思っていたら、まさかの合格。絶対にありえないと思い、自ら二人の担任を名乗り出た。こいつらがやっぱり危ない奴らだと再確認できたら除籍処分にしよう。そう思いながら個性把握テストを行うと、やっぱり記録を出すためにお構いなしに腕をぶん回す。更にはその重力加速に勝てず肩を脱臼。しかしそれを指摘されると自分で外れた肩を入れ直し、また同じようにぶん回す。やっぱりこいつをヒーローにするのは良くない。絶対にここで除籍にするべきだ。そう思ったが、苗字の目を見て懸念が生まれる。
こいつ、ここから追い出されたら何するか分からないな。
動きや思考や精神、こいつの全てが一朝一夕で出来ているわけではないのは明白だった。「無痛」という個性でここまで上がってきたからには「ヒーローになるために」相当の努力をもって自分を鍛え上げてきたのだろう。では、ヒーローになるために教わりに来ているこの学校を追い出したら、こいつはヒーローを諦めるのか?
否。考えれば考えるほど、苗字がヒーローを諦める姿は想像がつかなかった。こいつの目は覚悟をしている奴の目だ。人を救け、戦い、万が一の時は犠牲になる。そんな感情が真摯に伝わってくる。中堅のプロヒーローすら出来ない眼を、一体どう育てばたった15の子供が出来るんだか。そう思ったらなんだか苗字を必死で「除籍しよう」と考えている自分が馬鹿馬鹿しく感じてくる。
きっとここを追い出されてもこいつは他のヒーロー科に再入学、もしくは再編入するだろう。最悪の場合は学校も通わず、免許も取得していないのに自警団のように何らかの活動をし出すかもしれない。そこまで考えたら恐ろしくなり、もういっその事「雄英ここで性根を叩き直して正しい形で世に放った方がいいかもしれない」とも考えるようになった。気が付いたら「除籍は合理的虚偽」なんて口にしていて、ポカンとしている苗字に「一応見てもらって来い」と保健室の使用許可証を渡した。
まぁ、とりあえず緑谷同様に様子を見てもいいだろう。
そんなことを思いながら、教室へと戻っていった。
▽
結局、ボール投げで好記録は出したものの全体的総合点を見られて、堂々の最下位へと輝いてしまったわたし。しかし相澤先生は「除籍はウソで合理的虚偽だ」と言い放ち、あっさりとわたしの除籍処分はなくなった。その後相澤先生に保健室利用許可書を渡され「肩はちゃんと元の位置に戻ってはいるが一応専門医に見てもらえ」と労われる。
「あ、えっと、苗字さん」
行くかどうか迷ったけれど、わたしが保健室に行かなかったことを後から報告されたら厄介だなと思い、大人しく向かうことにした。広い雄英の敷地内をおよそ20分近く迷いながら無事保健室に着くと、先に緑谷が到着していたようだ。赤黒く腫れあがった人差し指に包帯を巻いているところに出くわすと、彼は大きな瞳を更に大きく見開くながらも戸惑いがちにわたしを呼んだ。
「…迷った」
「あはは…ひ、広いよね、雄英って」
「うん」
道中全然違う方向に進んでしまったり、いま自分がいる階数が分からなくなったりして時間がかかってしまった。何度か先輩らしき人を捕まえて道を聞いてようやくたどり着いたけど、どうせ緑谷も保健室に行くんだったら着いて行けばよかったな。そうすれば迷うことも無かっただろうに。そう思いながら保険医のリカバリーガールが「そこに座っときな」と指差した椅子に腰かけた。
「さ、次はアンタだよ。今度は何したんだい」
「肩が脱臼しました」
「……動いてそうだけどねぇ」
「いえ、すぐに自分で嵌めました」
わたしが保健室に来た経緯を簡単に話すと、リカバリーガールはもうご高齢だというのに沸騰しそうなほど顔を真っ赤にして怒り狂った。アンタは何遍も何遍も言われないと分かんないのかい、自分で判断するなと前回も言っただろう、今度勝手に自分で脱臼した肩を治したりしたら只じゃおかないからね、ぷんぷんと怒っている姿をじっと見つめていると、段々と感情が静まっていったのかリカバリーガールは大きなため息をついて「まったく……」と絞り出すように小さく呟いた。
「次はないよ、約束しな」
「………それは…状況によるかと…」
「”ない”よ、わかったね?」
もう頷かないと許してはくれないらしく、この保健室に監禁されそうな勢いだった。仕方なく頷くと「よし」と言い、わたしの肩の具合をみて大丈夫であることを確認するとわたしの頬に治癒のキスをしてくれた。その瞬間疲労感が身体にのしかかったのを感じ、自分で思っていたより身体にダメージがあったのだと痛感する。なるべく安静にすることを言いつけられ、緑谷と教室に戻りなとペッツを一粒もらって保健室を追い出される。
「…あ、のさ……苗字さんに聞きたいんだけど、」
「なに?」
道分からないから、教室まで先導よろしくと伝え、緑谷の一歩後ろを歩く。するとモジモジとなんだか何かに迷ってそうな緑谷は小さな声で絞り出すように話し始めた。さっきのボール投げ見てて思ったんだけど、やら答えたくなければ答えなくてもいいんだけど、やら前置きが長い。飽きて窓の外を眺めながら廊下を歩いていると、沈みかけた陽と灰色の雲が空で喧嘩をしていた。
「苗字さんの個性って、増強系?」
さっきのボール投げ、なんだか個性を使ってるように見えなかったのに凄く遠くまで飛んでたから、きっとパワー増強とかなんじゃないかなって話してたんだ、そうだったとしたら僕の個性の制御のお手本にしたいなって思うんだけど、もし差支えがなければ教えて欲しくて…さっきまでのモジモジはどこに行ったんだと驚くほどの饒舌ぶり。キラキラと目を輝かせながらわたしの個性が知りたいと詰め寄る姿はまるで5歳の子供のよう。まぁ、その煌めきには答えられないんだけれども。
「残念ながら、増強ではないかな」
「…違うのか…そっか……」
しゅんと肩を落とす様子を見てなんだか申し訳なくなってくる。単純なパワー増強ならどれだけいいか。それを望むのは何よりもわたし自身だ。けれどこの個性を持って生まれてしまったからには、その個性で上に行かねばならない。「それなら、あのボールはどうやって…」不思議そうにもう一度問いかけてくる緑谷に、わたしは彼の包帯を施してもらった人差し指を差した。
「緑谷は、これ痛い?」
「えっ?…う、うん、まぁまぁ痛い、かな」
ボールを投げたあと、指を覆って涙目になっていた。指先の骨が折れていたみたいなことも言ってたような気がするし、一般的に言えば緑谷が負ったのは「痛い怪我」なんだろう。そう思ったけれど、わたしも似たように赤黒く手首が腫れた時は「痛い」などとこれっぽっちも感じたことはなかった。「わたしが同じ怪我をしたら個性の関係で痛くないんだ、ソレ」そう言うと、緑谷は首を傾げて理解しがたいとでも言うかのような顔をした。
「わたしの個性【無痛】っていうの」