神様のいうとおり(2/3)
おおもり山のお祭りは、これ以上ないというくらいの賑わいを見せていた。
赤い提灯に、どこからか流れてくる囃子の音。夜になれば静かで暗いおおもり山も、今日は明るすぎるほどだ。
私もアッカンベーカリーの店員として、おばちゃんと一緒に次から次へとやってくるお客さんをさばく。やはり売れ筋はアッカンベーグルで、残りあと一つとなっていた。
「姉ちゃん!」
「いらっしゃい、ケータ」
団体のお客さんを見送ったあと、一緒にいたおばちゃんが休憩に入り、一人で店番を頼まれた。入れ替わりにやってきたのは景太だった。
「姉ちゃん!カレーパンちょーだい!」
浴衣を着た景太が、勢いよく手を出してくる。ウィスパーはかき氷とフランクフルトを持ってニヤニヤしていた。お祭りがよほど気に入ったらしい。
その後ろには、友達だろうか。男の子二人と女の子が一人。戸惑うようにこちらを見ているところをみると、きっと景太は私のことを話していなかったのだろう。全く、困った弟である。
「はいはい。後ろの子は友達?」
「うん!大きいのがクマで、ヘッドフォンがカンチ、女の子がフミちゃんだよ」
なんて雑な紹介なんだ。
「…そう。こんばんは。姉の七海です。景太といつも仲良くしてくれてありがとう」
「こ、こんばんは…!」
慌ててペコリと頭を下げる子どもたち。
フミちゃんという子はにっこり笑顔もつけてくれた。
…可愛い子じゃない!やるなあ景太!
さらにクマとカンチと呼ばれた子達は、「ケータの姉ちゃんって結構美人じゃねえかよ!」「うん、知らなかったなー!」ととても素直に、しかも聞こえるようにいってくれたので、カレーパン以外にも余っていたヨカコーラをおまけしてあげようと思った。
…皆いい子たちみたいで、良かった。姉ちゃんとしても安心です。
「姉ちゃん、今日は何時までなの?」
「お祭りが終わるまでだよ。…はい、カレーパン4つと、ヨカコーラはおまけね。皆で仲良く食べなね」
「やりー!ありがと!頑張ってね、姉ちゃん!」
「うん、ありがと。気をつけて遊ぶんだよ。皆も、またね」
「はあい!」
「さようならー!」
「失礼します」
それぞれに手を振って、走り去る子達を見送る。跳ねるような背中が可愛いなあと思っていると、入れ違うようにお客さんが一人、店先にやってきた。
すらりとした長い手足に、紫色のモコモコのファーで首回りを覆っている男性だ。こんなに暑いのになぜだろうと思いながらも、「いらっしゃいませ!」と声をかけた。
「やあ、七海」
「え?えっと…?」
気安く声をかけられて、私は一瞬戸惑う。こんな知り合い、いただろうかと頭を働かせてみるが、どれも合致しなかった。
男性はクスクス笑っている。「わからないかい?」と聞かれたので、素直に「すいません…」と謝った。
「ボクだよ。キュウビ」
「え!キュウビ?!」
果たしてその人は、景太の友達であるキュウビであった。いや、人ではない。妖怪だ。しかし、目の前にいるのはどう見ても人間である。困惑する私に、キュウビはますます笑みを深くする。なぜここに、と聞くよりも先に彼が口を開いた。
「君好みに変化したのだけど。気に入らないかい?」
「ええ?!いや、そうじゃなくて、」
確かに格好いいとは思うけれど、私が聞きたいのはそれではない。
「ああ、今日は夜市があると聞いたからね。様子を見に来たのさ」
「よいち?」
「今日はここでいろんな物が売られるのだろう?」
キュウビのいう夜市とは、この祭りのことらしい。その言いぶりには違和感はあるが、キュウビが普段よりも楽しそうだったので私はこくりと頷いた。
やはり日本の神様である彼だから、こういうお祭りは楽しいのかもしれない。
「それで、キュウビは遊びに来たんだよね?」
「ああ、あるものを買いにね」
「あるもの?」
「そう」
そういったキュウビは、視線を店先に並べられたパンへと移した。そして、最後の一つとなったアッカンベーグルで目が止まる。
「アッカンベーグルならそれが最後の一個だよ」
お買い上げ?と聞けば、キュウビはゆるりと首をふった。
それならば何が欲しいのだろう。私はキュウビを見つめる。彼の細長い目が、さらに細くなった。
「七海」
「え?」
「だから、七海が欲しいな」
ぴしり。
まさにそんな音がするように、私は固まった。キュウビは「ねえ、買いたいんだけど」とニコニコ笑っている。聞き間違いではないようだ。
「あの、私は売り物ではないので…」
「そうなの?今日は夜市じゃないのかい?」
「ええっと、キュウビのいう夜市って…?」
「何でも手に入る妖怪の市場」
全然違うし!そもそも妖怪の市場なら私が店員をやってるわけがないでしょう!
「あのね、キュウビ。これは人間のお祭りなの。だから何でもは手に入らないんだよ」
「ええ?そうなのかい?せっかく七海を手に入れられると思ったんだけどなあ」
七海を買うためなら何でも取引するよ、と何やら彼は恐ろしいことを口にした。
彼は時々こうやって、私への執着を見せる。
私は物ではない。そう易々と売られるわけにはいかないし、キュウビの「もの」にもなるつもりはないのだ。
だから、私は少し、キュウビが恐かった。それでもキュウビに不思議な魅力があるからなのか、嫌いになれないのも事実だ。
恐いものみたさの興味なのか、何なのか。この気持ちをうまく表現できないでいた。
まあ彼はそんなこと、気づいていないようだけど。
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