最果ての家
その畦道は、入るものによって態様を変えるという。距離も違えば出口も変わる。そんな畦道の最奥にはひっそりと佇む家があった。
二階建ての家屋は、森の暗さと相まって不気味だ。白髪の少女と「彼」は、その不気味な家の中で対峙していた。
「あの子のこと、気に入ったの?」
口につけようとしていたカップを持つ手を止めて、ふと彼──女郎蜘蛛は少女を見た。少女は両手で顔を覆い隠していた。その姿はまるで泣いているようにも見えるが、声がはっきりしているから泣いてはいないのだとわかる。
「──あら。見ていたの?」
「私はいつも畦道を見ているもの」
この窓から、いつもね。
そういうと、少女は指をすっと窓の方をさした。それでも片手は顔を覆い隠したままだったが。
「女郎蜘蛛さんはいつも、時間をかけるね」
「ええ。だって最高のタイミングで食べたいじゃない?」
痩せた子より丸い子の方が好きなのよ。
女郎蜘蛛はふふふと笑いながら、カップに口をつける。甘い。今日もこの家で飲む紅茶は美味しい。
「──でも」
「ん?」
「あの子は特別?」
この子は本当に、よく見ている。内心舌打ちさえしそうになったが、女郎蜘蛛は顔をあげて微笑んだ。余裕は見せておかなければ。
「…そう、ね。特別ね」
「どうして?」
「あら、畦道でのことは何でも知ってるんじゃなかったの?」
「その言い方はずるい」
「…ふふふ。ごめんなさいね、ちょっとからかってみただけよ」
どうやら少女は拗ねてしまったらしい。何か言いたげなオーラのまま、口をつぐんだ。
女郎蜘蛛は持っていたカップをテーブルに置いた。そして今度は右手を自分の頬へと移動させる。その動作はとても女性的で、彼が気に入っているポーズだ。手を当てたまま首を傾げれば完璧。
「秘密は女を綺麗に見せるのよ」
──だから余計な詮索は無用なの。
「…女郎蜘蛛さんは男でしょ」
「んま!失礼しちゃう〜こんなにも美人な私なのに〜!」
「…もういい」
少女はそう言うと、ついと窓へと体を向けた。「特別なのはいいけど、あいつも気に入ってるみたいだよ」不満を全面に出しながら、再び窓へと指をさす。
窓の外には、黒い影があった。丸く、不気味な暗い瞳でこの家を見ている。女郎蜘蛛はその様子に目を細めると、改めて少女をみた。いくら少女と「あれ」が仲良くても、牽制しておかなければならない。
「言っておくけれど。あの子は、七海は私の獲物よ。びしゃがつくちゃんにも渡すわけにはいかないわ」
ずっと前から、狙っていたのだ。それこそこの畦道に迷いこむ前からずっと。女郎蜘蛛自身、この畦道に身を墜としてなお、来るべき機会を狙っていた。あと少し。あと少しの今になって、横取りなんてされたらたまらない。
「ちゃんとしつけておきなさいね、えんえん少女ちゃん」
これで話は終わりだと言うように、女郎蜘蛛は立ち上がった。少女は無言のまま彼を見送る。家を出るとびしゃがつくがこちらを見ていたが、一睨みしてその場を後にした。
「七海を絡めとるのは私よ」
誰にも渡さない。狙った獲物は逃がさない。畦道での彼女の姿を思い出して、女郎蜘蛛は口角をあげた。
畦道の最奥にある家は、また静寂だけが残ったのだった。