姉の初恋(3/3)
「…で?」
「え?おしまい」
「はあ〜?!これでおしまいぃぃ〜?!」
女郎蜘蛛はだんっと地面を叩くと、ぐいっと身を乗り出してきた。「その後感動の再会したとかないの?!全然初恋要素ないんだけど!!!」そんなにご立腹されるなんて心外である。だから面白くないっていったのに。しかもどうみたって初恋要素しかないだろう。
私にとって、尾裂狐さんは救世主であり王子様だったのだ。迷子になって心細かった私に、優しくしてくれたお兄さん。しかもデコチューつき。これで好きにならないほうがおかしい。当然あのあと私は、家に帰ってからお母さんに叱られたのだけど、説教を半分聞きながら、もう半分は彼のことを考えていたのだった。おでこに触れた一瞬の感触も、今だって覚えている。
そういえばあのあと不思議なことがあった。私が宝物としていた三角くじの指輪が、探してもどこにもないのである。でも不思議と悲しくならなかったのは、きっと、あのお兄さんに「宝物をあげるからお家に帰して」と念力を送っていたからだろう。もしかしたら走っている際に落としたのかもしれないが、きっとそうなんだと思うことにした。
目を瞑ればいつだって甦る。あの暑い夏の日の夕暮れ。団々坂の裏通り。
彼は、今どこで何をしているんだろう。
「女郎蜘蛛、ちょっと〜」
「何よ、えんらえんら!」
「その尾裂狐さんって〜」
私がぼんやりと思い出に浸っている横で、何やらこそこそと彼女たちは話していた。何とでも言うがいいですよ、私にとっての初恋は絶対あの尾裂狐さんなんだから!
半ばやけくそでズズッとお茶を啜っていると、そこに声がかかった。「おや、こんなところでお茶会かい?楽しそうだねェ」「あれ、キュウビ?」「やあ。久しぶりだね」振り向けば、九本の尻尾を揺らめかせたキュウビがいる。
「あら〜噂をすれば〜」
「何ていうタイミングで現れるのかしら!」
こそこそ話していた二人はぱっとこちらを見ると、急にニヤニヤしだした。「なんだい、ボクの噂でもしていたのかい?」不快げにいうキュウビと、二人の言葉に思わず首をかしげてしまう。私、キュウビの噂なんてしてないけど。
「今ね〜面白い話を聞いていたのよ〜」
「七海の初恋の話!面白そうでしょ?」
「ちょ、えんらえんらも女郎蜘蛛も何を言い出すの…?!」
女子会の話は機密事項ではなかったのか!そう抵抗してみても彼女たちはお構いなしにキュウビを話のなかに入れようとしてくる。「へェ、それは面白そうじゃないか」いや、キュウビも興味持たないでよ!!
かくなるうえは、これしかない。
「わ、私、用事思い出した!帰るね!」
ばっと立ち上がると、私は駆け出した。初恋の話なんて、女子だから話せるないようなのであって、男性であるキュウビになんて話すことなんかできないのだ(もちろん女郎蜘蛛は別である)。
それに、これ以上私の思い出を汚されたくなった。別に女郎蜘蛛たちに話したことは後悔してないけど、やっぱり綺麗な思い出は、私のなかで綺麗なまま、留めておきたいのである。
だから私は、私が逃げ出したあと、女郎蜘蛛たちが話していた内容を知るよしもなかったのだ。
「あ、ちょっと…!もう、逃げた…」
「うふふ。逃げ足は早いのねえ〜」
女郎蜘蛛とえんらえんらの制止も聞かず、#名前#は脱兎のごとく逃げ出していた。その背中に、えんらえんらは呑気に手を振る。隣ではキュウビが、不機嫌そうに顔をしかめていた。
「…ちょっと、せっかく七海を探しにきたのに、また追いかけなくちゃならないじゃないか」
「あら、いいじゃない。また追いかければ」
「だから、二度手間になるっていってるの。はあ、これだから女子って面倒くさい」
オーバーリアクションに手をあげて、ふう、とため息。「ああ、あんたは男だったか」「んまー!失礼ね!心は立派な女子よ!」女郎蜘蛛の神経を逆なでするには十分な仕草だった。
「せっかく七海の初恋の相手を教えてあげようと思ったのに!」
「そんなの、とっくの昔に知ってるよ」
「え、知りたい?そうよね〜…って、え?なんですって?」
「だから、知ってる。ボクでしょ?#名前#の初恋の人」
「ま、七海は気付いてないけどねェ」お皿に盛られていたお菓子を一つ摘まんで、ぽいと口に放り投げる。「ん、うまいね」そんな呑気な様子は、再び女郎蜘蛛の導線に火をつけた。
「な、なんですって〜!?」
「いちいちうるさいなあ。別にいいだろう、知っていたって」
「でも、それなら教えてあげればいいのに〜七海の初恋はボクなんだよって〜」
「そうよそうよ!」女郎蜘蛛が合いの手を打つ。それを横目で見ながら、キュウビは「そんなこと、あの子は望んでないでしょ」と言った。
「そうかしら〜?誰だって初恋の人に再会したら嬉しいと思うけれど〜」
「いいんだ。七海にとって思い出は、綺麗なままのほうがいいはずなんだから。それに、」
「それに、何よ?」
「初恋は初恋のまま終わらせるつもりなんてないからね」
そして、「さてと、追いかけなきゃ。また迷子にでもなったら大変」といいながらキュウビは立ち上がると、ぼふんと音をたてて消えたのだった。残されたのはぽかん、と口の空いた女郎蜘蛛とえんらえんらだけ。
「なっ…なにあの狐ーー!!」
「七海も大変なやつに好かれたのね〜」
平釜平原に風が通り抜ける。女郎蜘蛛とえんらえんらは目を合わせると、逃げていった彼女のことを思った。あんたの初恋のお相手、妖怪だったわよ、と。
そしてその後、七海の手元にあの指輪が返ってくるのは、もう少しあとのこと。
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姉主の初恋はキュウビ、というお話。なのにキュウビあまり出てこない。妖しい感じが書きたかったから!!私のキュウビ夢っていつもそんな感じだわ。
尾裂狐は、九尾の別名から。