きれいな君の正体

「はあああ〜だりぃ〜〜」

そんな声と共に室内へ侵入してきたのは、妖怪の王・エンマ大王だった。

「また来たんですか、大王さま…」
「だって仕事がだり〜んだもん!」
「はあ…」

私のことなど気にもせず、エンマ大王はぐったりとベッドにダイブする。
突然挨拶もせず、こうして仕事をさぼる場所としてやってくるようになったのは今に始まったことではないので驚かないが、それでも一言声をかけていただきたかった。ここは一応乙女の部屋なんだけど?

「あのですね、大王さま、」
「ん〜七海の匂いがする。眠い」

ぐりぐりと人の枕に顔を押し付けて、エンマ大王が深く息を吸う。
そしてそのまま数秒沈黙。
ちょっと待て。それはさすがに恥ずかしいし困る!

「ちょ、ちょ!寝ないでくださいよ!こんなところ見つかったら怒られるの私なんですからね!」
「んあ〜。大丈夫だって。ぬらりは今超絶忙しくて俺のこと監視してる暇なんてないから」
「いやいやいや!そういってたのに、この前はぬらりひょんさんが乗り込んできたじゃないですか!」
「そうだったか?」

忘れちまったよ、なんて気軽にいうけれど。私はしっかり覚えている。エンマ大王と共に、正座で説教を受けたのだ。忘れるわけがない。

「もう、大王さま、」
「七海」

今日の今日こそは、私が正座させて説教してやろう!と思ったのだが。
声をかけた私の言葉を、エンマ大王が遮る。相変わらず顔は私の枕に埋めたままだったが、その声色がやけに真剣だったから、わずかながらにどきりとしてしまった。

「…何ですか?」
「あのさ」
「はい」

ようやく枕から顔をあげた。その顔はとても真剣だ。


「…5月ってやる気でないよな」

シリアスな雰囲気を出しておいて、言うことはそれか!
べたな漫画のように、思わずずっこけるところだった。

「やる気がないのはいつものことなのでは…」

エンマ大王の仕事に対するモチベーションが低いのは今に始まったことではないだろう。いや、もともとやる気はあるのかもしれないが、何せ書類仕事が嫌いなため、ぬらりひょんからいつも怒られているのである。

「ひっどいな。俺だってやる気があるときはあるんだぜー!」
「あまりお見かけしたことないですけど…」
「七海がどんどん俺に対して冷たくなっていく…」
「そんなことないです…」
「いーや!ある!」

起き上がったエンマ大王が、ベッドの上でうんうんと頷く。結局いつもの彼のペースに流されている私だった。

「とにかく!俺は今猛烈にやる気がでない!だるい!」
「じゃあ、あれですね。妖怪にも五月病ってあるんですね」
「ごがつびょう?それはなんだ?」

妖怪の世界には五月病というワードはないらしい。それはそうか。
妖怪が働きたくないだなんて思うこと、ほとんどないものね。

「うまく説明はできないですけど…新しい年度になって緊張の糸が切れた5月になると働きたくなくなるっていう病気ですね」
「病気…俺は病気だったのか…」

まるで余命あと幾ばくかという神妙な面持ちで、エンマ大王がいう。
そこまで深刻なものではない。

「どうりで俺は仕事がしたくないわけだ!」
「いやいや、大王さまはいつも仕事したくないですよね…」
「俺は病気だったんだ!」

キラキラと目を輝かせて一人で盛り上がっている。いやな予感しかしなかった。

「俺…しばらくここで療養することにする」
「えっ!?」
「と、いうことで。よろしくな、七海〜」

にっこり笑って、再びベッドにダイブするエンマ大王。
待て待て待て待て。なぜこんなことに!?

「いや、あの、大王さま?十分元気ですよね!?」
「でもやる気でないんだって」
「だからそれは五月病…」
「だから病気なんだろ?それなら休まないとな〜」

見るからにウキウキしている。そんなに心も体も元気な方に、療養なんて必要だろうか。
しかし私が何を言っても、エンマ大王には響かなかった。全て「病気だから〜」で躱されてしまう。さらには「病人には優しくしてくれよな」なんていう始末である。

「ちょっと、大王さま、本当に困る…!」
「まーまー。いいだろ?たまには休みも必要なんだ」
「たまにはって…だから大王さまはいつもじゃないですか…」
「…あーあー。具合悪いな〜」

あ、今度はごまかした。しかし梃子でも動かないらしい。
ゴロゴロしだす大王さまに、先に白旗を投げたのは私のほうだった。

「もう…仕方ないですね…」
「へへ。やった」

そんな子供みたいな顔して、笑われると、全てを許してしまいたくなる。
まったく、ずるい人だ。

「なあ、七海」

再び名前を呼ばれる。彼はまた転がって、顔を私の枕にうずめていた。

「今度は何ですか?」
「あのさ」
「はい」
「少しだけでいいんだが」
「はい」
「頭、撫でてくれないか?」
「頭?」

無言で、頭を動かした。それから「ケータにするみたいに、さ」と枕に顔を埋めたままの、くぐもった声で言う。

ケータにするみたいに、頭を撫でてほしい。

まさか甘えられるとは思ってもみなかったから、突然すぎて戸惑ってしまう。そんな私の空気を察しているのか、エンマ大王は動かなかった。

毎度毎度、仕事したくないとか、さぼりがちな彼だけれど。
その両肩には、たくさんの責任と、たくさんのプレッシャーが乗っているのだろう。

本当は、いっぱいいっぱいなのかもしれない。
だから今日、冗談めいた言い方をしながら、私のもとへ来たのかもしれない。

ふとそんなことを思った私は、小さく息をついて、エンマ大王のもとへと近寄った。そして、金色に輝く後頭部にやさしく触れる。思ったより硬い髪質。男の子なのだと実感する。

「お疲れ様です。大王さま」
「ん」
「頑張ってますね」
「…ん」
「えらいえらい」
「…おい。子供扱いしてないか?」

素直に私の手を受けているなと思ったら、もぞもぞと動いて、埋めていた枕から目をこちらに向けた。

「えっ。これがお望みなんじゃないんですか?」
「違う…が、まあ、これはこれでいい」
「そうですか」

どうやら彼が求めるものとは違ったようだけど。
本当にお疲れだった彼の疲労が少しでも楽になるようにと、再び私は手のひらで、その髪の毛を撫でた。

五月病ということで、今日は多目に見ましょう。
大王さま。


…数時間後、ぬらりひょんさんの前でまた正座をするはめになろうとは思わなかったけど。