ほんのちょこっとなんだけど
みめこさんよりリクエスト
(みめこさん宅「Hello,world」夢主とエンマ大王)
仕事を手伝ってくれないか。そうぬらりひょんに呼ばれてエンマ離宮に来ているときのことだ。
静かな部屋の中、ぬらりひょんは態度こそ出さないけれど、イライラとしたオーラを出していた。
察するに、またエンマ大王が仕事をためてしまったらしい。若干の気まずさを抱えながら彼の手伝いをしていると、エンマ大王が執務室へ入ってきた。
「何だ七海!来てたのか!」
「あ、こんにちは。エンマ大王様」
両手に抱えていた書類を執務机にどしんと置くと、「ぬらり、七海が来てるなら教えてくれよ!」と、ぬらりひょんに文句を言う。しかし、かの議長は冷ややかだった。当然だろう。目の前の執務机にある書類の束は、彼、エンマ大王が積もりに積もらせたものだからである。
「教えたところで大王様は仕事を放棄されるだけでしょう」
「んなことねーって!」
「いいえ。そんなことあります」
仲がいいのか、悪いのか。この二人は相変わらずだ。
けれど、確かに二人の間には信頼関係があって、それゆえの軽口なのは明白だった。
そして私は、そんな二人の光景がーーというよりも、ぬらりひょんが、少しうらやましい。
いいなあ。私もエンマ大王と軽口叩けるほどの仲になれたらなあって。
もちろん、それが「どこからやってきた感情」なのかわからないほど、私は子供ではなかった。
小さな、淡い思いだった。ただ、伝えるつもりはない。
私と彼はあまりにも「差」が大きすぎるから。
傷つくのは怖い。私は臆病者なのだ。
「とにかく!七海は大事な客人なんだ!今度からこっちに来た時には教えろよな」
「…わかりました。かわりに、きちんと仕事を行ってください」
「へーへー。わかりましたよっと!」
ぬらりひょんが書類から視線をあげていないことをいいことに、エンマ大王がべっと舌を出した。
その子供っぽい仕草に思わず笑ってしまって、そんな私に気づいたエンマ大王もにやりと笑う。
こんなところぬらりひょんに見られたら、きっと怒られるんだろうけれど、恋は盲目というかなんというか。
さぼり癖があるところも、どんな姿でも、私にとってはきらきらして見える。
「さってと!休憩休憩!ぬらり、お前も一息つけよ」
「いえ。私はまだやることが」
「そんなにやっても煮詰まるだけだろ!な、七海!」
「え!?え、えーっと…」
まさか私に同意を求められるとは思わなかったので、思わず助け舟を求めるように、いまだ書類をにらみ続けるぬらりひょんに視線を送る。
はあ、とため息をついて、ようやくぬらりひょんは顔を上げた。あ、眉間にしわ。怒っていらっしゃる。
「大王様。私が行っている仕事は、もともとは『エンマ大王様』の仕事。それをどなたがかおさぼりになられるので、七海さんに手伝ってもらっているところなのですが」
「げっ。本当か、七海!?」
「え、ええ…まあ」
そうですね、といえば、エンマ大王が「あちゃー」と額を叩いた。「悪かったな。なら尚更休憩だ!」
「…大王様。私の話を聞いていましたか?」
「おお、聞いてた。俺のせいで仕事が溜まってる!そのせいでぬらりも七海も疲れている!なら休憩しかないだろ?」
「いえ、ですから、」
「とりあえず!休憩!ほら、七海行くぞ!」
「ええ!?」
もうこの話はおしまいだとでも言うように、エンマ大王は私の手を引くと扉の外へと向かった。
「あ、こら、大王様!?」私たちの後ろから、ぬらりひょんの怒号が聞こえる。なんてことだ。これ絶対私まで怒られるパターンだよ…。
しかしエンマ大王は全く気にせず、私の手を引いたまま、機嫌よく足を進めていく。
…って、手を繋いでる?!
「あの、エンマ大王様!?ちょ、手!」
さすがにうら若き乙女の手を無断で繋ぐのはいかがなものかと!
恥ずかしくもあり、うれしくもあるのは複雑な乙女心だ。顔がどんどん熱くなる。ところがそう焦ってるのは私だけ。「急がないとぬらりが追いかけてくるぞ」なんて言うエンマ大王。どこまでも余裕だ。まあ、そういうところが好きなんだけれど。
「せっかく七海が来ているのに、仕事なんてしていられないだろ?」
ああもう、私はこのいたずらっ子みたいな顔に弱いのだ。好きな人なら尚更だ。
ごめんなさい、ぬらりひょん様!議長様!私はこの大王様には勝てそうにありません。
エンマ大王の言葉に返事をするように、少しだけ繋がれた手に力を入れてみる。
この気持ちを伝えるつもりはないけれど、彼に近づけるチャンスをみすみす放置するほど、大人でもない。
ぴくり、と彼の肩が動いて、すぐにぎゅっと握り返された。
先ほどよりも進める足の速さを少し緩めて、彼は私の手を引く。離宮の廊下に入りこんだ光が、エンマ大王の金髪を柔らかく照らして、きらきらと光っていた。
わずかの間無言だった。
今の今まで騒がしかったのに、静かな雰囲気に、漂うように流されている。
私は、繋いだ手の感触を確かめるように歩いていた。そしてどうしようもなく切なくなった。
この手から私の気持ちが、彼に届いてしまうかもしれないと思うと、少しだけ怖くて。
触れているから余計に、エンマ大王が好きだという気持ちを実感してしまうのに、憶病だから伝えることができない。
けれど、その手を振りほどくこともできずに、流されているだけ。
「…全く。ぬらりのやつも頭固いよな。仕事ばっかりしてるからああなるんだ」
ふわふわ浮いている私と、彼の間にあった沈黙を破ったのは、エンマ大王のほうだった。
「ははは…そうなんでしょうかね…」
夢見心地の私は、返事が曖昧になる。
また数秒間があって、ぽつりと彼は呟いた。
「仕事より七海のほうが大事だって決まってるのにな」
ーー今、彼は何て。
ふわふわと漂っていた私の意識は、地上に戻ってきた。
「えっと、それは…」
何と答えたらいいのかわからずに黙ってしまえば、エンマ大王は進めていた足を止めた。
繋がれた手を、もう一度繋ぎなおされる。一本一本、指を絡められて、掌がぴたりとくっついた。
「え、エンマ大王、さま」
「俺さ、お前にあったら言いたいことがあったんだ」
彼は背を向けたままだった。
盗み見るように見た彼の耳は、珍しく真っ赤に染まっていた。
ーー「何か」を伝えようとしてくれている。
その「何か」を、雰囲気で都合よく解釈しようとしている私。
傷付くのは怖い。ましてや私は人間で、彼は妖怪の(しかも)王で。
だから今は遠くから見ているだけでよかったのに。
でも、時々感じる視線とか、たまに目が合うと嬉しそうにしてくれることとか。
確かに今までも、少しだけ、もしそうだったらいいなあって思っていたことはある。
傷つくのが怖くて、目をそらしていただけだ。
だから、もしこの繋がれた手を、今更だけれど、私の都合のいいように解釈していいのなら。
本当に、ほんのちょこっとなんだけど。
「七海のこと、」
この臆病な気持ちを卒業して。
私と彼の間にある「差」を飛び越えて。
彼が言う言葉のその先を、期待してもいいのかな。
ねえ、エンマ大王様。