白くて甘い

食べたい。ものすごーく食べたい。


学校帰り、モグモグバーガーの前。私はそこに入るべきか入らざるべきかを悩んでいた。
店頭に掲げられた登り旗に書かれた「ソフトクリーム半額!!本日限り!当たればもう一本!」が、眩しくて仕方がない。


「どうしよう…食べちゃおうかな…でも、太る…ダイエットはどうした私…」


端から見たら、ぶつぶつと一人言を言う怪しさ大爆発な女子高生だっただろう。しかしそのときの私は、脳内ディベートに忙しく、そんなところまで気を回すことなんてできなかった。


──食べちゃえ!ソフトクリーム半額しかも本日限りなんて今日だけだぞ!
──いやいや、この3日、ダイエットのためにおやつもパンも我慢してきただろう。こんなところで無駄にするのか?
──大丈夫、今日の授業、体育あったし、既にカロリーは消化している。食べたとしてもプラスマイナスゼロだ
──消化したカロリーなんて、たかが知れてる。それに当たればもう一本…だと?万が一当たったらどうするんだ。
──ラッキーじゃん!
──ダイエット中なのにソフトクリーム二本食べるやつがどこにいる!それにお前、給料日前だろう。


そこではっとした。「そうだ、給料日前だ…!」勝手に始めた脳内ディベートは、早くも終焉を迎えようとしていた。そうだった。確かに食べたくても、金銭的な余裕はあまりないのだった。


「よし。やめよう。ダイエット!節約!」


食べたいけど。すごく食べたいけど!
ここは「節制できる」という女子力を発揮しようではないか。

そうして何とか「ソフトクリーム食べてしまえ軍」を押さえ込み、いよいよモグモグバーガーを苦渋の思いで通りすぎようとしていたときだった。


「もんげー!ソフトクリーム半額ズラ!これは食べなきゃ損ズラ〜!」
「…はっ?!」


突如どこかで聞いたことのある声が聞こえた。振り返ると、そこには目をキラキラ輝かせた青年がいる。彼は私に気付くと、更に目を輝かせた。


「あ!#NAME1#ズラ!#NAME1#もソフトクリーム食べに来たズラ?!」


──誰この人。

しかし流されやすい私は、その勢いを前に瞬時に頷いていた。「もんげー!それなら早く一緒にお店に入るズラよ〜!」更に目を輝かせ、私を知っているらしい彼は私の手をひいてはお店に入っていく。「あ、ちょ、ちょっと…!」そしてわずかな抵抗虚しく、脳内ディベートの「ソフトクリーム食べてしまえ軍」の逆転勝利が決まった瞬間であった。


「もんげー!美味しいズラ〜やっぱりソフトクリームは最高ズラ〜」


言葉通り美味しそうにソフトクリームを咀嚼する青年の真正面で、私は肩身の狭い思いをしていた。大きな声で感動しながら食べているから目立つのもあるが、そもそも彼のことを私は知らないのだ。「#NAME1#、食べないズラ?」いや、知らないと言うのには語弊があるかもしれない。この口調に思い当たる節はあったのだけど、この姿を見たのは初めてだから。

ここはきちんと確認すべきか。


「ええっと、間違ってたらゴメン、なんですけど」
「?何ズラ?」
「コマさん…であってる?」
「んん??何ズラ急に?オラはずっとコマさんズラよ」


まるで「真理」を答えてもらったような気分だった。「やっぱりコマさん!」「そうズラよ?#NAME1#、どうしたんズラ?」不思議そうに、コマさん(人間バージョン)は首をかしげる。コマさんは、私が人間に化けている彼と会うのが初めてだということに気付いていないようだった。


「あのね、私コマさんのその姿見るの、初めてだったんだ。だからびっくりしちゃって」
「え?そうだったズラ?それは申し訳ないことしたズラ」


ペコリと頭を下げるコマさんはなんとも好青年だ。相手がコマさんなので、上から下までじろじろと観察してみる。ほう、なかなかのイケメンではないか。


「コマさん、人間の姿ももんげー感じだね」
「んん??何ズラ?」


ソフトクリームに夢中なコマさんには、私の言葉が聞こえなかったようだ。「ううんー何でもないよ〜」そう笑って、私も(つい)買ってしまったソフトクリームを食べる。うん、美味しい。やっぱり、我慢はよくないよね。食べたいときに食べたいものを食べてこそ、女子は輝くというもんだ。──ダイエット中だということは横に置いておいて。


「はあ…オラ毎日ソフトクリーム食べてもいいズラ〜」


幸せそうなコマさんだったが、そこでふと動きが止まった。「んん?何ズラ?」大きく口を開けて、手を突っ込む。そして中から出てきたのは、「カプセル、ズラ」薬よりは少し大きいそれに、まさか異物混入かという考えが一瞬過ったが、すぐにはっとした。これは、まさか…!


「こ、コマさん?!それもしかして『当たり』のカプセルじゃない?!」
「当たり?それ何ズラ??」
「ほら、あのポスター見て!『当たったらもう一本』って書いてあるでしょ?!」


慌てて近場にあったポスターを指差す。するとコマさんはポスターとカプセルを二度見したあと、再び目を輝かせた。


「もんげ〜!オラもう一本食べれるズラ?!」
「うん、多分ね!店員さんに言ってきたほうがいいよ!」
「嬉しいズラ〜!!オラ早速いってくるズラ!」


それからのコマさんの行動は素早かった。残っていたソフトクリームをほぼ一口で食べきり、まるで獲物をみつけたライオンのように真剣な眼差しでレジカウンターへとかけていった。いつものんびりやさんなのに、どこにそんなパワーを隠していたのだろう。食べ物パワーはやはり偉大である。
そして私がソフトクリームを食べ終わる頃には、にこにことしながら、その手にソフトクリームを握って戻ってきたのだった。


「本当にもらえたズラ〜#NAME1#、教えてくれてありがとうズラ!」
「いえいえ、どういたしまして!良かったね、コマさん」
「今日はいいことばっかりズラ!ソフトクリームは半額だし、もう一本もらえたし、#NAME1#には会えたし!」


人間の姿をしているコマさんに、そんなにどストレートに言われると、さすがに照れてしまう。ほら、女子高生はイケメンに弱いから…全国共通。
コマさんはまた幸せそうにソフトクリームを食べていく。この無欲さが、ラッキーを引き寄せる秘訣なのかなあ。そんな彼の真正面で、私も何だか嬉しくなってきた。

友達と美味しいものを食べる時間を共有するのって、いいことだよね。楽しさだけでなく、美味しさも二倍になるもの。

私までにこにこしていると、ふとコマさんと目があった。「あれっそういえば#NAME1#はもうソフトクリーム食べ終わっちゃったズラ?」「うん、さっきね〜」美味しいソフトクリームを食べることができて、私は大満足だった。「そうズラか…」コマさんはじっとソフトクリームを見つめると、なにかを決意したように頷いた。そしてずい、と私の前にソフトクリームを差し出してくる。「えっコマさん??」「これ、#NAME1#にも食べてほしいズラ!」…いや、食べかけなんですけど?!


「この二本目のソフトクリーム、#NAME1#がいたからもらえたんズラ。オラだけだったら気づかなかったズラよ。だから#NAME1#にも食べてほしいんズラ!」まるで一大決心のようにコマさんは言う。気持ちは嬉しいが、コマさんの「当たり分」をもらうほど図々しくはないし、いただいたらコマさんと間接キスになってしまうし、そもそもダイエット中なのだ。


「わ、私は大丈夫だよ!もうお腹一杯だし!」
「え、そうなんズラ?」
「うん、それダイエット中だからさ!」
「ダイエット?それって何ズラ?」


そういえば、コマさんは横文字が苦手だった。普段簡単にダイエットダイエット叫んでる私だが、それが「何か」と聞かれるとピント来る説明ってなかなか難しい。「ん〜と、例えば太らないように食事制限することだよ」結局これが一番わかりいいだろう。


「えっ#NAME1#、食べないようにしてるズラ?!」
「ん〜まあ、全く食べない、ではないけど、量は減らすかな」


とはいっても、その決意もすぐ崩れるのだけどね。今日みたいに。けれどもコマさんにとっては私のダイエット話は衝撃だったようで、目を怒らすと、前のめりになった。


「駄目ズラ駄目ズラ!『食べることは生きること』、しっかり食べないと体によくないズラ!」コマさんにしては珍しく声を荒らげている。え、これ私、怒られてる?!「こ、コマさん?」


「それに#NAME1#は全然太ってないズラよ!?いつも通りめんこい女子ズラ!」


…な、な、何て子…!

私の背後でピシャーン!と稲妻が落ちた。最高の殺し文句であった。


「ダイエットなんてすぐやめるズラ!」
「う、うん、あの、ありがとうコマさん…でもとにかくそれはコマさんが食べて…ね?」
「…わかったズラ。今日のところは遠慮なく頂くズラけど、ちゃんとご飯は食べないと駄目ズラよ!」


コマさんは元通り座り直すと、先程のことが嘘のように、再びにこにことソフトクリームを食べ出した。
もうどんどん食べてしばらくはそっちに夢中であってほしい。今の私は絶対顔が真っ赤だ。

コマさんに気付かれないように、そっとため息をつく。「うまいズラ〜〜」きっと私がさっきの言葉に動揺しまくっていることなんて、彼は微塵もわかってないのだろう。それはコマさんに怒られたからではなく、一番最後の言葉が原因なのだけど。でもそれでいいと思う私なのだった。


コマさんって天然たらしなのね。