地獄の掟

「なあ、俺、七海のことが好きなんだけど」


それは毎回、「なあ、俺、りんご飴が好きなんだけど」というような軽いノリだった。


エンマ大王が突然私の部屋に現れ、「そんな言葉」を言うようになってどれくらいがたったのか。覚えていないということは、それだけ時間がたったということなのだろう。初めのうちは狼狽えて、「仕事はいいのか」「ぬらりひょんさんに怒られないか」とまるで言い訳になっていない「かわし」をしていたが、今ではすっかり慣れたもの。「好きなんだけど」そう言われても、「はいはい」と流すほどまでになっていた。

しかしさすが大王さまとでも言うべきか、どんなに流しても、諦める様子はなかった。そのハートの強さには恐れ入るところである。


「七海聞いてんのか?」
「聞いてるよ」


学校で出された課題に目を走らせながら、片手間に言う。そうでもしないと、予防線を張った意味がなくなってしまうのだ。ドキドキしてはいけない。目を見たらダメだ。

私は絶対、エンマ大王を好きにはならない。

それだけは、エンマ大王から「好き」と言われてずっと心に決めていたことだった。
そもそも人間と妖怪、種族が違うだけでなく、相手は大王さま。私とはあまりにも「差」がありすぎる。越えてはいけない一線を、私はわかっているつもりだ。それに、リスクを負う恋はあまりにも辛すぎる。
ようは臆病なだけなのだった。


「なあ!七海!」
「聞いてるって」


それにしても、今日はやけに食い下がる。ほとんど集中できていなかった課題から目を離して、私はエンマ大王と向き合った。
こちらを見やるエンマ大王は、私と目があったことが嬉しかったのか、にやりと笑った。


「ようやくこっち向いたな」
「だから初めから聞いてたって」
「嘘だね。あんたいつも聞いてないだろ」


だからもう一度言う。七海が好きだ。

私の手を握り、エンマ大王は言う。真っ正面から受けたその瞳の強さに、一瞬ぐらりと揺れた。
でも、私はエンマ大王を好きにはならないと決めたのだ。


「またまた。冗談はやめよう」
「冗談じゃねぇよ。何で冗談にしなきゃならねぇんだ」
「だって、ねえ?」


今度こそエンマ大王は怒ってしまったらしい。むっつり頬を膨らませ、こちらを見ている。何かを言わなければ。この空気に流されてはいけない。


「私は、エンマ大王さまのことを、友達として『好き』だよ」


遠回しに、恋愛対象で無いことを伝える。その言葉を聞いても、エンマ大王は黙ったまま。握られた手に力が入り、次の瞬間にはふと緩んだ。諦めて、解放してもらえるのか。そう思ったとき、エンマ大王が動いた。がしっと私の顔を片手で鷲掴んできたのである。


「ふぁ?!ちょっ…」
「あんまり嘘ばっかついてると、舌引っこ抜いちまうぞ」


そして本当に舌を引っこ抜く勢いで、私の口に噛みついた。文句の言葉も、私の気持ちも全て食らいつくされていく。

ああ、初めから予防線にもならなかったのかと、合わさった唇の柔らかさを感じながら、ぼんやり思う。


「嘘ついてんのは誰だ?」


唇を離して、耳元で、そう囁かれた。