ゲームの世界へようこそ




電車に揺られ仕事をこなしてなんとなく過ぎて行く毎日。

大人になって就職すると学生時代の友達とは次第に疎遠になりたまに連絡を取る程度でしか交流する事はなくなった。大人になるに連れて仕事や結婚、子供が産まれてどんどん忙しくなって学生の頃のような心の余裕も暇も今は無い。

学生の頃はいつも理想を追いかけて一生懸命に生きていたような気はするけれど成人して何度も現実に裏切られている内にそれなりに無難に生きる事が自分のような平凡な人間には正しい選択なのだと思うようになった。自分の思い通りにならない世の中が当たり前で敷かれたレールから外れないよう無理なく生きるのが最善なのだ。


いつも通り仕事を終えて私は途中のコンビニに寄って今晩の夕食を買った。もう季節は冬で早く暖房とコタツで温まりたいと帰路を急ぐ。

なんとなくぼんやりスマートフォンの画面を見つめていると突然背後から声をかけられた。


「‥‥welcome stranger‥」


余りにも至近距離から聞こえたそのダミ声に驚いて後ろを振り返るとそこには誰もいなかった。

疲れてるのかと思ってまた前へ向き直ると目の前にはいつもの見慣れた帰路の風景ではなくていつの間にかゴミが散乱し暗い裏路地のようなところに私はいた。

いよいよ疲れでおかしくなっているのかと人通りの多い所に出るとそこに広がる景色は自分の知っている国ではない事が明らかで行き交う人だかりは皆欧米人。

私は幻覚を見ているのかと目を擦ってみても何も改善しない。

人は予想を上回る事態が起きると頭が真っ白になって何も考えられなくなるというのは本当にそうで今私はその状態に陥っている。

「‥‥どういう事‥‥?!」

しばらくフリーズしていた脳が回り始めると今の異常な状態に混乱する私。

必死に自分の頭の中で今までしていた事と今の状況を整理しようと頭をフル回転させる。

仕事を終えてコンビニで買い物をした後に誰かに声を掛けられて振り返ったら今の状態になっている。

あの声色には聞き覚えがあるような気がしたけれどもしかしたら聞き間違えだったかもしれない。

(それよりこれが現実なのかも怪しい。)


私は自分の手を抓ってみるとチリっとした刺す痛みに顔を顰めた。

「‥‥夢、じゃない‥‥」

とにかく日本に帰るにはどうしたらいいかそもそも言葉も分からないこの国で助けを求める事は出来るのか。

何かのテレビのドッキリかと思ったけれどただの一般人にここまでする?余りにもスケールが大きすぎる。


とにかくここはどう見ても欧米で日本に帰る事が重要だけれどこの国での勝手が分からない。
それに私の財布には日本のお金しか入っていないしそんなに大金持ち歩かないから両替したところで今夜泊まる場所なんてないだろう。

もしかしたらこれはリアルな夢なのかもしれない。それならはやく目覚めて欲しい。

途方に暮れていると突然声を掛けられた。

「何かお困りですか?」

声を掛けてきた相手は見たところ男性の欧米人ではあるけれどとても流暢な日本語で英語の分からない上に頼る瀬のない私は藁にも縋る思いでその人に事情を言った。

「信じられないと思いますが気がついたらここにいて‥‥その、お金もないし‥泊まる場所もなくて」

「‥相当お困りの様子ですね。良ければお力になります」

彼は人の良さそうな笑みを浮かべていてしっかりとしたスーツを着こなしていた。正直人を騙すようには見えず頼れる人もいなかった私はその男について行ってしまった。

知らない人について行ってはいけない。子供の頃の教えは正しい。私はこの行為を後々心底後悔した。

案内されるままに男について行くと割とお高めそうなホテルの部屋に連れて来られた。

「鍵のお渡しと他に必要なものは部屋に揃えられています」

「‥‥あ‥あの、こんな高そうな所じゃなくても‥‥私とりあえず寝られればいいので‥それに‥その‥‥変な事が目的なら私お断りします‥」


流石にここまでされたら私だって怖い。

「‥‥変な事、とは?」

「‥‥その、いかがわしい事‥とか‥‥」

私はボソッとそう言うと男は「ああそんな事か」と言ってきた。

「私は困っている人を助けたいだけですよ。何も怖い事はありません」

男はそう言ってまた人の良さそうな笑みを浮かべると私をホテルの部屋へと案内しそのままそそくさと退室した。

私は疲れたようにベッドに転がってこれからの事を考えると頭が痛くなった。

今はあの人に助けられたからいいもののこれからどうしたらいいか。こちらの国の事は勝手が分からないしとにかく日本に帰らない限り自分の置かれている現状が分からない。


それより帰るにしても無一文ではどうにも‥‥‥。

ふと何か焼けた香りがしたかと思えばどんどん思考が霞みがかってボーッとしてくる。

なんだろうすごく疲れてるのかな。

私はその気怠さに逆らわずに意識を手放そうとした瞬間人影のシルエットが見えた。けれど部屋に誰か入って来たと思って身体を動かそうとしても動かない。


‥‥なに‥これ‥‥。


「被験体を一体手に入れました。アジア人女。今日中に輸送します」


その言葉だけ耳に入って私は意識を飛ばした。