23.〜〜〜より ー救いー

「え……」

 乾いた名前の声が聞こえる。彼女が今見つめるものが何か分かるからこそ、赤井は目を閉じた。そのまま静かに、壁に手をついてから背を預ける。

「ど、どうしっ….…ば、爆弾、みたい、ですっ!」

 焦り、怖がる名前の声が遠くに聞こえる。丁度今、スプリンクラーも止まっていたが、足が動かない。壁に背を預けたまま、目を閉じて考えていた。

「っお、沖矢さん!」
「名前さん、その爆弾は動かさないように」
「は、はい……っ」
「今、それは動いていますか?」
「い、いえ!えっと……5、00で止まっています。5分って、こと?!」
「止まっているなら、大丈夫ですよ……」

 口では大丈夫と言いながらも、状況は最悪だった。いつ作動してもおかしくない。それに今は、救助隊員の動きも、名前の脱出にどれほど時間を要するかも不明。

「見える範囲で構わない。爆弾のコードは外に出ていますか?」
「はいっ!何本も外に出ています!電子基板……みたいなのがあって、」

 プロ仕様ではないと分かれば、まだ見込みはある。しかし先ほどの爆発の衝撃から、かなり威力はありそうだった。犯人は計画的。そして遠隔操作の爆弾を5分に設定した点に気味の悪さを感じ、一筋縄ではいかない可能性が浮かぶ。

「ハサミか、カッターのようなもの、持っていませんか?そこにある備品でもいい」
「……あっ!ソーイング用のハサミならポーチにっ」

 もし簡易的な爆弾であれば、彼女の手によって爆弾を止められるかもしれない。運が味方していると、僅かな希望の光が見えた気がした。

 今は、犯人の目的や、他の爆弾の可能性を探るよりも何よりも、彼女の目の前にある爆弾の処理が優先。猶予が5分では、犯人によって遠隔操作された後ではどうしようもない。そうして、短い時間で今後起こり得る様々な想定をした結果、この方法に賭けようと赤井は決心する。

「ポアロの、安室さんとは、メッセージアプリでやり取りを?」
「……え?」
「どうなんです?」
「はっ、はい!安室さんとはアプリで……でもどうしてっ?」

 ならば、彼らに頼るしかないと、赤井は覚悟を決める。画面の割れたスマホに、明らかに冷静さを欠いている自分ではダメなのだ。時間が惜しい今、この状況で、誰よりも冷静に、かつ、彼女を安心させながら的確に解体指示を行えるのは彼しか思い浮かばなかった。

「名前さん、今から一旦電話を切ります」
「え……っ?」
「そして、次、電話がかかってきたらその相手が誰であっても必ず出てください」
「っま……まって、おきやさ、」

 震える彼女の声を聞いて、赤井はぐっと唇を噛み締める。

「信じてください、名前さん」
「……っ、」
「そして約束してください、電話に出ると」

 強く、しかし、優しくそう言えば、分かりましたと頼もしい声が聞こえた。その声に少しだけ、笑って電話を切る。

 そう、今もなお、名前と友人であり続けている彼ならば……。赤井はそう信じ、すぐに、江戸川コナンへ電話を掛けた。

「もしもし沖矢さん?!」

 コナンの声の近くではスケートボードのローラー音が聞こえている。騒ぎを聞きつけて、この映画館ビルへ向かっているのかもしれない。
 
 赤井は、事の重大さを伝えるためにの変声機を切って、説明していった。

「ああ、実は今、爆発があったビル内にいる。すぐに安室君と連絡を取ってほしい」
「そんなっ……!今日、安室さんはポアロにいたから、蘭ねーちゃんに電話すれば直ぐに呼べるはずだよ!」

 ならば、本当に上手くいくかもしれない。力強いコナンの言葉に、赤井は光を見出す。

「それと、君は彼の方へ向かってくれないか。そちらの状況を確認できるようにしておきたい」

 それは表向きの理由であり、本来は別の目的があった。しかしそれはあくまで、最悪時の想定。そうなることは、なんとしても避けたい未来だった。

「分かった!それと赤井さん、安室さんには……?」
「ああ、俺からだとは、内密に」

 あとは頼んだぞと、電話を切りスマホをスマホをポケットへしまう。

 こうなれば後は、やるべきことは一つ。なんとしても名前の場所まで辿り着かなくてはいけない。赤井は目の前に集中し、足を進めた。

 思うのは、彼女の無事だけだった。



「安室さん!!」

 そう、ポアロのドアを勢いよく開ける蘭の様子から、降谷は何かあったとすぐに察し食器を洗う手を止める。

「すぐに名前さんに電話してください!今の名前さんを助けられるのは、安室さんしかいないって……コナン君が!」

 状況は分からないが、緊急事態なのは確かだった。安室は梓に、今日の給料は不要と告げるとキッチンを飛び出す。

「上の、事務所を使ってください!今日お父さん、出かけていて……っ」

 その言葉に頷きながら、彼は名前に電話を掛けた。

「もしもし、名前さん?!」
「安室さん!」
「聞きました、状況は?」

 そう聞いたところで、スムーズに説明できるとは思っていなかったが、彼女は少し沈黙した後、簡潔に説明し出す。

「今、爆発があった映画館の、トイレに閉じ込められていて……目の前に、爆弾が」
「……え?」
「止まっているんですけど、5分で設定されているみたいで」
「画面、切り替えてください!直接見たい」

 スマホの画面が動画に切り替わると、そこは暗く、体が濡れている名前の上半身が映し出されていた。かなり濡れている。見たところ怪我はなさそうだが……と思っていると、画面はガタガタと動き、やがて爆弾の全貌が見えてくる。

 これなら、10分程度で……。いや、作業に当たるのが彼女だと思うと、もう少し時間がかかりそうだ。なにより、最初の一本を切るまではかなりのプレッシャーだろう。それを、この状況で一人乗り越えるのは、相当……。いや、だからこその自分だったのか?

「あ、安室さん?」

 短い間で、コナンの意図を瞬時に読み取った降谷は、不安そうな名前の声に意識を戻す。

「名前さん、安心してください。僕、こうみえて爆弾処理もできるんです。友人に教わってね」
「え?」
「幸い、簡単な構造です。一緒に解除しましょう。ハサミはあるんですよね?」

 降谷は毛利探偵事務所のソファーに、腰を下ろした。慎重に爆弾を確認すると動かしても大丈夫だと分かり、その爆弾を紙袋から出させる。ソーイング用のハサミを持っていたのが奇跡だなと、思いながら名前の動きを見守っていた。

 しかし、その5分。何のための5分だろうか。そもそも犯人の意図は……と冷静さが戻ってくると、降谷は警察として大事なことを思い出す。

「すみません、名前さん。一旦切ります」
「え?」
「連絡しなければいけない所が。すぐ済みますので」
「……えっ」
「大丈夫です。終わったら、必ずかけ直します」

 小さく返事が聞こえ、電話を切り急いで風見に連絡を取る。風見には、今の状況に加え、これが終わるまで救助隊員も誰もそこへ近づけるなと指示をした。

 そう、全てが終わるまで……。自分がいる今、彼女の救出よりも、爆弾解除を優先させるべきだと降谷は考えた。