爆弾の解体作業は残り、最後の1本を残すのみとなっていた。降谷とコナンは、固唾を吞むようにスマホの画面を眺めている。赤井も、名前とドアを隔てた距離で、その様子を聞いていた。
もう、いつ作動してもおかしくない。逸る気持ちを抑えながら、ようやくこれで終わるのだと、誰もがその時を待っていた。名前は、その願いを指先に込めるように、しっかりと残る線をカットする。
しかし、時間を示す数字のランプが消えない。
「えっ……こ、れ……っ?」
そんなはずはないと、大丈夫だという言葉を期待しながら、名前は安室に確認する。しかし、その問い掛けに誰もが口を閉ざしていた。
降谷にとって、それは全く持って想定外のことだった。ここまで、正確に切ってきたはずだ。爆発していないのがその証拠。しかし、残り時間を示す赤い文字が消えない。
その理由は、頭の中では分かっているが、とても認められない。違う、違うと、思うばかりで、名前へかける言葉が全く見つからなかった。こんなこと……あってはならないというのに。
「あっ、安室さん!……これ奥に……奥に2本!まだありますっ!」
その時、名前の声をドア越しに聞いていた赤井は、静かに目を閉じた。
これほど、嫌な予感が当たってしまうとは、誰が思っただろうか。しかし、この最悪な事態は想定できていただけに、焦りは一瞬。頭は驚くほど冷静に、これから先に起こり得ることを整理していた。名前は……泣いてしまうだろうか。そんなことを考えながら、深く、深く息を吐いていく。
一方、降谷は名前との電話を一旦保留にし、ぐっと拳を握り締めていた。これから話すことは、とても彼女に聞かせられない。動揺してしまうのは、分かり切っている。
彼は必死に私情を押し殺し、公安としての自分を保とうとした。しかし、横にいるコナンへと説明しようとするも、声が絡んでしまう。
「できない……」
「……え?」
「これは、中を開けてみないと判断できない」
「そんなっ!」
「見たところ、専用の道具がなければ不可能。その2本の内、どちらを切るべきかは、この状況では判断できない」
降谷は自分で説明しながら、その衝撃的な事実に耐え切れず、口元を手で覆っていた。僅かに震える自身の手に、気づかないふりをし、ぐっと拳を握る。
ここで、自分が動揺していてはいけない。彼女に悟られないためにも、平静を装い、指示しなくてはならないのだ。しっかりしろと、必死に自身を鼓舞する。
「最後はこちらで決めて、賭けに出るしか……」
「まって!他に、他に方法はないの?!」
コナンの必死な問いかけに、降谷は再度考える。
確かに、まだ遠隔操作されていないならば、救助隊に指示して先に彼女を救出させることもできなくはない。しかしそれは、全員の避難が完了してからだ。爆弾が起動すれば、残り時間は僅か五分。最小限の被害に抑えるためには、こうするしかない。それが公安としての判断だ。
降谷が私情を押し殺している間、コナンは自分のスマホが鳴っていると気づき、慌てて電話に出た。相手は赤井だ。先ほどまで繋いでいたはずの電話は、いつの間にか切れていたようだ。コナンは焦りながらも、赤井に状況説明をしなくてはと小声で話す。
「あのねっ!実は……っ!」
“後はこちらに任せてくれないか”
「……え?」
“作動したんだ”
「……っ!!」
その様子に降谷が気づいて、声を掛ける。どうしたんだコナン君。しかし、そんな問いかけが聞こえない程、彼は言葉を失っていた。
“名前の、怯えている声が聞こえる。一人にできない”
「待ってっ!でも……」
一方で降谷も、安室のスマホが再度鳴ったため、慌てて通話ボタンを押す。名前からの電話に出た瞬間、彼女は声にならない声で叫んでいた。
爆弾が作動したと……。
震える声で助けを求める名前の悲痛な叫びに、降谷は頭を鈍器で殴られたような感覚だった。恐れていたことが起こったのだと理解した瞬間、息が出来なくなる。彼女を、失う……。その未来を悟り、立ち尽くす。
“あと、彼のスマホを切ってはくれないだろうか?”
赤井は電話越しに、コナンにそう告げる。その声はひどく落ち着いていて、この状況には不釣り合いだ。
「なん、で……」
分かりたくもないその事実に、コナンは恐る恐る尋ねる。すると赤井は、ふっと笑った。
“分かるだろう? それくらい”
全てを悟ったような、穏やかな声色に、コナンは言葉を飲み込む。スマホを耳に当てたまま俯き、小さな声で分かったと伝えるしかなかった。その眼鏡には陰りが見えている。
後は、頼んだよと、そんな言葉を赤井は残して電話は切れた。コナンは彼から、何を頼まれたのか、分かっているからこそ歯を食いしばる。
「安室さん……」
コナンはゆっくりと歩みを進めると、力なくスマホを握っていた安室の腕を引っ張り、スマホを抜き取った。
「っ……何をっ!?」
「……作動、したって」
「それは分かって……っ!」
「二人に任せてっ!」
荒ぶる安室に被せるように、コナンは力強い視線で彼を見上げる。その言葉に、降谷の動きが止まった。
二人……だと。彼女の他に誰がいるというんだ。いや、そんなこと、あるはずがない。あってはならないのだ。しかしそれは、簡単に導き出せてしまう相手。脳裏には、憎きあの男が浮かんでやまない。
「まさか……っ」
どうでも良い相手だったのではないか?だから今まで全く、彼女に接近してこなかったのだろう。生きていてもなお、死んだことにして、バーボンとして彼女に近づいていても、見て見ぬ振りをしていたというのに……?
「……いるのか、赤井が」
そして、なぜ今そこにいるのか、何をしようとしているのか分かるからこそ、一気に怒りが込み上げてくる。
「死ぬつもりなのか、彼女と」
それは、コナンに対する質問でも、何でもない。降谷の頭の中で、今までの赤井の行動を整理し、考え出した答えだった。奴は本気で、彼女を……。
そうして目の当たりにした、自分の想定よりも深すぎる愛に、降谷はしばらく放心する。自分には、到底理解できないことだった。
勝手に、スコッチを、景を、見殺しにした奴が。一人の女と、勝手に死ぬつもりなのかと。そんなこと許せなかった。身勝手だ、無責任すぎる。全てを投げ捨てられるほどの愛だと?笑わせるな。どの口が言うんだ。やはり収まらない怒りに、じっとしていられない。
降谷は、勢いよく毛利探偵事務所を飛び出していた。走りながらも、風見に連絡を取り緊急避難を促す。爆弾が作動した、あと何分だ。体感からして、今から車で向かったとしても到底間に合わないことは分かっている。それでも、ただ待っていることなど出来やしない。
こんなこと、あってたまるかと、彼は必死にアクセルを踏んだ。