かっちゃんと(彼女)の話

(緑谷)



かっちゃんの名前を呼んでその隣に並ぶみょうじさんは、いつだって幸せそうだった。思い返してみれば最初からそうだ。二人が付き合う前からみょうじさんがかっちゃんを見つめる眼差しは甘くて柔らかかった。


優等生なみょうじさんと、優秀ではあるけれどどちらかと言うと問題児なかっちゃん。僕らから見たら何だかちぐはぐな二人に思えたけれど、''そうある事が正しい''ように二人が一緒にいる事は当たり前になっていった。全く似てない筈の二人は、でもちょっと似ている部分もあったりして。兎にも角にも、かっちゃんとみょうじさんはお似合いだったのだ。


二人の事は二人にしか分からない。
僕たちの知らないところで彼らは想いを重ねて、互いに支え合う関係になっていた。''あの"かっちゃんも入学して、徐々に落ち着き始めて……特にみょうじさんといる時のかっちゃんは時々別人なんじゃないかと疑いたくなるくらい、穏やかだった。柔らかく笑う姿を見た時は動揺し過ぎて轟くんに「どうした緑谷、顔がやべえぞ」と言わせてしまった程だ。



「ねえ、かっちゃん」
「ア?何だよ」


−−僕らは救助活動の一環で大阪へとやって来ている。僕とかっちゃんが滞在するホテルは一緒だから、二人で少し遅めの夜ご飯を食べていた所だ。僕よりも早く食べ終わって黙々とスマホを弄っていたかっちゃんは、眉を釣り上げて視線を僕へと向ける。


「みょうじさんは元気してるの?」
「何だよ急に」
「全然会ってないから気になっちゃってさ」
「ヨケーなお世話だ、クソデク」
「その調子なら大丈夫そうだね」
「…………」
「かっちゃん、大阪に来てからずっと不安そうだ。東京に置いてきたみょうじさんの事が心配なんだろ?」
「別に、」


そう言いながらも僕から目線を逸らしたかっちゃんがとんとん、と指先で机を叩いた。彼の瞳に宿る不安の色を、僕は確かに感じ取っている。


「……あの事件があってから、かっちゃんが長期で家を離れるのは初めてだよね、」
「……」
「みょうじさんにはまだ……本当の事を話してないんだろ」
「……あいつの心は不安定なままだ。いつ、何がきっかけで思い出すか分からねェ。……まだ、その時じゃねェんだよ」
「…………そっか」


僕とかっちゃんが共有しているとある秘密は、みょうじさんに纏わる事で。かっちゃんが抱く悲しみを、怒りを、不安を、恐怖を、あの日、あの場にいた僕だけが知っている。だけど、恐らくかっちゃんが抱え込んでいる気持ちの半分も僕は理解出来ていないんだ。


「……何かあったらいつでも頼って。僕で力になれる事だったら、何でもするよ」
「……あァ」


昔のかっちゃんだったら、今の僕の言葉なんて一言で跳ね除けていただろう。良くも悪くも、かっちゃんは変わった。その変化が僕には時折恐ろしく思える。−−−かっちゃんが、物凄く遠くに感じるんだ。


しん、とした部屋に着信音が鳴り響く。かっちゃんのスマホからだ。「……ッチ」舌を鳴らしたかっちゃんは、それでも隠し切れない喜びを滲ませている。ああ、みょうじさんから、かな。


「ゆっくり話して来ていいからね」


無言で立ち上がったかっちゃんが、通話ボタンを押しながら廊下へと歩き出す。耳に押し当てられたスマホからは「爆豪くん、」といつものように彼の名を呼ぶみょうじさんの声が聞こえた−……。


***



「まだ、''爆豪くん''呼びなんだね」


ゆったりとしたツインルーム。明日に備えてそれぞれベッドに潜り込んだ僕たち。僕に背を向けているかっちゃんに、先程抱いた疑問を投げかけた。


「盗み聞きか?趣味が悪ィな」
「違うよ、さっき偶々聴こえて……。単純に疑問に思っただけ」
「……疑問、ねェ」


顔はこちらに向けないまま、かっちゃんは小さく喉を鳴らして笑った。


「今更名前で呼ぶのは、恥ずかしいんだとよ」
「…………そう、なの?」
「ま、そんなのは建前だな。恥ずかしいだとか''爆豪くん''が自分にとっては渾名みたいなものだからとか色んな理由を付けちゃあいるが……そうだな。強いて言うなら、アイツは心の何処かで怯えてるンだろうよ」


かっちゃんの逞しい背中は、何だか寂しそうに見えた。


「何も変えたくない。変わりたくない。そしていつ−−−……俺と離れてもいいように、って思ってンだ」
「そんな、事……」
「アイツ自身も気付いてないとは思うけどな。強要してもいいが、それじゃ根本的な解決にはならねェ」
「かっちゃん……」
「いいんだよ、別に。何れは名前で呼ばなきゃいけない日が来る。…………ハ、何でお前にこんな話してんだか。……もう寝る。お前もさっさと寝ろ」


僕はかっちゃんの背中を暫く見つめて、「……うん、おやすみ」と小さく呟く。


かっちゃんは周りの誰が見てもすぐに分かるくらいみょうじさんを大切にしていて、心から愛していて。……二人はお互いじゃなきゃ駄目なんだ。かっちゃんの半分はみょうじさんで、みょうじさんの半分はかっちゃんで出来ている。お互いを失う事は、彼らにとって半身を失う事と同義だ。


布団の中で強く瞳を閉じる。
二人にこれからも穏やかな時を過ごして欲しい。心からそう思うんだ。


そう……思うんだ。