『わたし今すごく※※※だよ、』
『……ったく、何泣いてンだか』
『ずぅっとこうしていたいなぁ』
『……ねえ勝己くん、大好き』
大きな掌がわたしの頬に触れて、零れる涙を拭う。くしゃりと顔を歪めた彼が、わたしの体を強く抱き締めた。少し痛くて、でもその痛みすら愛おしくて。この腕の中にずっと居たい。複雑に絡まった心を解いて、ただ、ただ、勝己くんの腕の中に−−。
***
爆豪くんが帰ってくる日を指折り数えながら今日も仕事を終えて帰宅する。
爆豪くんが帰ってくるまで、あと2日。
「あと……2日かあ、」
ぬいぐるみに顔を埋めて、深く深く息を吐いた。毎日欠かさず電話で声を聞かせてくれた爆豪くんだったけれど今日はそれもナシだ。『今日は何時にホテルに戻れるか分かんねェ』『夜更かししないで早く寝ろよ』『おやすみ、なまえ』送られてきたメッセージを指でなぞる。
「声、聞きたかったなあ……」
我が儘を言ってはいけないと分かってはいる。でも、一言で良いから爆豪くんの声が聞きたかったというのが本音だ。うう……爆豪くん不足……。
目を覚ますとすぐ近くにある寝顔も、抱き寄せてくれている腕も、わたしより高い体温も、今はその全てが恋しい。……爆豪くんの分厚い胸板に顔を寄せて、抱き締められたまま眠りたい。
そしたらきっと、胸が苦しくなるような夢なんて見ないのに。
夢の内容は覚えていない。でもここ数日、起きると必ず涙で頬が濡れているのだ。思い出せない夢がわたしの胸を締め付けて、現実のわたしを苦しませる。
「バクタロー……」
本物の爆豪くんに会いたい。触れたい。抱き締めたい。抱き締められたい。この不安を全部拭い去って、腕の中で穏やかに眠りたい。
……今は眠りたくないのに、寝不足が続いている所為か意識は自然と夢の中へと落ちていく。
深い深い、眠りの底へ。
***
『……い、……おい、ふざけンな……ッ!なまえ、なまえ!』
誰かが、叫んでる。
『……ッ、……−』
誰かが、泣いてる。
『……俺を、置いていくつもりか……なまえ……!』
誰か、が−−−。
***
「ッ−……は、……はぁっ……!」
ああ、まただ。締め付けられるような胸の痛みで飛び起きて目が覚めた。胸元をぎゅっと強く握り締めて浅い呼吸を何度か繰り返す。何が苦しいの?悲しいの?……こんなに涙が出るのに、どうしてわたしは何も覚えていないの?
「怖い、怖いよ、……怖い……!」
抱き締めたぬいぐるみがわたしの涙で濡れていく。ちゃんとわたしの夢を食べてよ、バクタロー。痛みだけを残していかないで。
「……爆豪くん……っ」
その声に応えるように、スマホが着信音を鳴らした。画面に表示されている名前を見て、飛びつくように手にしたスマホを耳に押し当てる。
『なまえ』
「ば、くごーくん……」
『思ったよりも早くホテルに帰って来れたから連絡した。お前が寂しがってるかと思ってよ、』
「……ッ」
『……なまえ?』
「っ……今日は、声、聞けないと思ってたから……っ、……嬉しい……」
『……ああ。……俺もだ』
穏やかなその声が心を溶かしていく。スピーカーから聞こえる爆豪くんの声が身体中に染み渡って、不安も、涙も、わたしの心を脅かす物を全て消してくれる。
まるで魔法みたいだと思った。
『ホンット、泣き虫だよなァお前』
「だって……ッ」
『……良い知らせがひとつある。予定よりも一日早く帰れそうだ』
「、」
『だから、泣くな』
「……うん」
『帰ったら嫌って程お前の事抱き潰すからな。覚えとけよ』
「……ん、嬉しい」
いつの間にか胸の痛みは治まっていた。バクタローを抱えて、爆豪くんの声に耳を傾ける。ゆっくり瞳を閉じると、まるで爆豪くんに包まれてるような感覚になった。
「……爆豪くん、あのね」
『なンだよ』
「……好き、だよ」
『……知ってる』
「…………大好き……」
『……なまえ?』
「ん、……」
『……眠いならこのまま寝ていいぜ。お前が寝ても暫くは繋いだままでいてやるから』
「爆豪くん、……大変なのに、ごめんね……」
『俺の事は気にすんな、っつってンだろ』
「……あり、がと……」
『……ああ、』
「……」
『…………なまえ、』
「……」
『……お前はもう少し甘える事を覚えるべきだ。
…………昔から、な』
優しい眠りに落ちたわたしに爆豪くんの声は届かない。
……今度は、悲しい夢は見なかった。