(爆豪)
駅へと向かう為にタクシーを呼ぶ。俺よりも滞在予定の長いデクは俺と入れ替わりで大阪に到着した上鳴とロビーで談笑していた。それを横目で眺めながらメッセージアプリを開き、なまえに日が変わる前に帰れそうだ、という内容のメッセージを送る。無事に送信出来たことを確認して、ポケットにスマホを押し込んだ。
「なー爆豪、東京戻ったら爆豪ン家に遊びに行っていい?」
「ア?」
「ほら、前に皆で飲んだ時にそんな話したじゃん?久々になまえちゃんに会いたい〜ってさ!俺だけじゃなくて緑谷もなまえちゃんに会いたいってよ!」
あの場に居なかったデクと話していて何故今そんな話になったのか。ちら、と上鳴の隣に立っているデクに視線を向けると眉を下げて苦笑を浮かべていた。その表情を見てチッと舌を鳴らす。
「休みの日にしろ」
「え、いいの!?やった!A組の皆で押し掛けようぜ、緑谷!」
「オイ、何人連れて来るつもりだ」
「皆でワイワイ騒いだ方が楽しいじゃん?爆豪の家なら何人で押し掛けたって大丈夫だろー?」
そういう問題じゃねェ。ヘラヘラと笑っている上鳴なら本当にA組の奴らに呼び掛けた上で全員を引き連れて我が家へとやって来そうだ。勘弁願いたい。
「っというのは流石に冗談だけど。なまえちゃんに会いたいのは本当だから、瀬呂達と今度行くわ!ちゃんとお土産持ってさ」
「……来る時は事前に連絡しろよ」
「イエッサー!」
「(分かってんのか、コイツ)」
呆れた目を向けられている事に気付いていないのか「なまえちゃんに何か欲しいもんないか聞いといて!なまえちゃんにお願いされたら俺何でも買ってきちゃうぜ!」と声を弾ませる上鳴にまたひとつ舌打ち。人の女に貢ごうとすんじゃねェ。
「よし、俺は一旦部屋に荷物置いてくるわ!緑谷、後で外に飯食いに行こうぜ!爆豪、あっちに戻ったら連絡するからなー!」
学生時代の頃から変わらず慌ただしい奴だ、と小さくなる背中に溜め息を吐いた。それから頬を掻きながら何とも言えない笑みを漏らしているデクに向き直る。真っ直ぐに見据えればデクの肩がびくりと跳ねた。
「お前も来るつもりか」
「えっ僕は……」
「何だ、来ねェのかよ」
「いや、」
「どっちだ」
「か、かっちゃんとみょうじさんが良いならお邪魔したい、かな」
恐々とそう口にするデクに「じゃあ来い」と間髪入れずに返せば、只でさえ大きな瞳を零れ落ちそうな程に見開いたのが分かった。
「……いいの?」
「アイツは賑やかなのが好きだ。人数が多い方が喜ぶだろ」
「……珍しいね、かっちゃん」
「ア?何がだよ」
「君、自分以外の男がみょうじさんと会うの昔から嫌がってただろ。だから僕、君が上鳴くん達を家に呼ぶ事に少しビックリして」
そんな事を言ってくるデクに思わず苦虫を噛み潰したような表情を浮かべちまった。何だそれ。俺が嫉妬深い男みたいじゃねェか。何か言い返してやろうと思ったが、目尻を下げたデクが「みょうじさんに会えるの、嬉しいな」と微笑むから俺は言葉の代わりにまた溜め息をひとつ零す事になる。
「なまえがお前や上鳴に会いたいって言ってんのに、駄目だ、会わせないっつったら俺が只の悪者じゃねェか」
「うんうん、かっちゃんはみょうじさんには優しいもんね」
「……何だその顔、腹立つなァ?」
「凄く大事にしてるんだなって改めて思っただけだよ」
ニコ、と学生の頃と変わらない人好きする笑みを浮かべたデクは「ねえかっちゃん、」と俺の名を呼んで笑顔から一転、真剣な表情になった。
「この前も言ったけど本当にいつでも頼ってくれて構わないからさ。君達が幸せに過ごす為の手伝いを僕もしたいんだ」
「随分とお節介だな」
「君一人で全部抱え込むなよって僕は言いたいんだ。あの場に居た僕は、君がいざという時に頼れる唯一の……」
「現状、穏やかな生活を送ってる。問題ねェ」
この話題は終わりにしたかった。デクの気遣いや優しさを迷惑に思ってる訳じゃねェが、あの日の事は……出来るだけ思い出したくないというのが本音だ。
察しのいいデクは何か言おうとして、口を噤む。それから俺の表情を見て「ごめん」と消え入りそうな声で謝罪の言葉を口にした。
「お節介が過ぎたね」
「俺が世話焼かれんの好きじゃねェって知ってる癖に、良くもまァ頼ってだの手伝いたいだの……」
「ご、ごめんってば」
「……まァ、俺だけじゃどうしようもなくなった時は遠慮無く頼らせてもらう」
俯きがちになった顔を持ち上げたデクは、犬のようにブンブンと首を振った。俺に頼られるのがそんなに嬉しいのか、何なのか。昔っからお節介で、ウザったくて、根っこからのヒーロー気質。そんな所が腹立たしくて、羨ましくて、長年相容れない幼馴染だったが……。長い年月は自分の意思とは関係無く、様々なものを変えていく。
俺がこうしてデクを頼る様になったのがその証拠だろう。これには間に挟まるなまえの存在が大きいが。
ーーそうして俺は「みょうじさんによろしくね!」と満面の笑みで手を振るデクに見送られ、タクシーに乗り込んだ。……やっと東京に、なまえが待つ自宅に帰れる。
後部座席のシートに身を預け、深く息を吐いた。流れる景色に視線を向けながら、頭の中ではなまえの事を考える。電話越しじゃあ伝わらない事が山のようにある。本当にちゃんと飯食ってんのか、寝れてんのか、泣いてばっかり居ないか。帰ったら寂しがりなアイツを嫌って程抱き潰してやらねェと。この一週間は忙しくてそんな気分にはなれなかったが、久々になまえをこの腕に抱けると思うと帰りの車内だというのに下半身に熱が集まりかける。やめろ、何でこのタイミングでアイツの痴態を思い浮かべてんだ!頭の中に浮かんだ妄想を振り払って、瞳を閉じる。しかし一度考え始めると止まらない。……いい歳して欲求不満の餓鬼か、俺は。
「(……早く、顔が見てェな)」
いつものベッドでなまえを抱いて眠りたい。甘い香りのする髪に顔を埋め、逃げられないように両腕で囲って、俺が起きてる事に気付かず必死に起こさないよう抜け出そうとする姿を見て笑いを噛み殺したい。
アイツを慰めておきながら俺も大概だ。一週間でこれじゃあ、もっと長期で帰って来れない時には気が狂っちまう。
ずっと目の届くところに置いておきたい。でも、それでも、アイツはー−。
東京に戻る為の交通機関を乗り継ぎながら、俺はずっとなまえの事を考えていた。