(緑谷)
なまえちゃんから連絡があったのは、USJでの敵襲撃の次の日だった。僕が怪我を負ったことを切島くんから聞いたらしく、そこには彼女らしい柔らかな文面で僕の体を気遣う内容が書かれていた。『出久くんの顔が見たいな、』という内容のメッセージが届いた瞬間、僕は思わず顔を両手で覆ってしまった。…………僕もなまえちゃんに会いたいよ。彼女の心安らぐ笑顔が見たい。同じ学校だけど、ヒーロー科と普通科では中々会う機会が無くて。時折、無性になまえちゃんが恋しくなる。出久くん、と呼ぶ柔らかな声が聞きたくなる。
大切に閉まっているオールマイトのカードを取り出して、じいっと見つめる。なまえちゃんと僕が出会ったきっかけ。心が折れそうになる度にこのカードに支えられてきた。彼女の優しさがぎゅっと詰まっている、僕の宝物。
ぴこん、とメッセージが届いた音がしてスマホの画面を覗き込んだ。『良かったら、今度一緒にお昼ご飯食べようよ!』……食べるよ!食べるに決まってるじゃないか!すぐに返事をして、ご飯の約束を取り付ける。ふわりと心が浮上して、自然と頬が緩んだ。
嬉しいなあ。楽しみだなあ。
……早く、なまえちゃんの顔が見たいな。
***
「デクくん、今日何だかご機嫌やね!」
「……そ、そうかな!?」
「うん!ほっぺがゆるゆる〜っとしとる!」
麗日さんにそんな事を言われて、慌てて自分の頬に触れる。か、顔に出ちゃってたかな……!
「何か良いことでもあった?」
「良いことがあったというか……これからある……みたいな感じで、」
「そうなん?」
「う、うん……!」
今日はなまえちゃんとお昼を食べる約束をしている日で、朝から浮かれている自覚はあった。……指摘されると少し恥ずかしい。
麗日さんと飯田くんがご飯に誘ってくれたけれど「先約がある」と丁重に断って僕は一人で食堂に来ていた。なまえちゃんもそろそろ来ている筈……。
「出久くーんっ」
沢山の人の中から、こちらに向かって手を振るなまえちゃんをすぐに見つけた。不思議だ。彼女の周りだけフィルターが掛かったみたいにキラキラとして見える。久しぶりに聞くなまえちゃんの声に心が浮ついて、顔が綻んだ。
「なまえちゃん……!」
「……怪我はもう平気?」
「うん!もう大丈夫だよ」
「そっか、良かったあ……」
「心配掛けてごめんね……」
「ううん、元気なら良かった!……出久くん見たらほっとしてお腹空いちゃったー!注文しに行こ?」
なまえちゃんの手が自然と僕の腕を掴んで、顔に熱が集まる。翻るスカートから覗く白い太ももだとか、なまえちゃん特有の甘い香りにくらりとする。ぎゅっと掴まれた部分から熱が広がって−……。
「……なまえと、緑谷?」
「っ、」
ばちりと目が合った。切島くんと上鳴くん。僕たちと同じようにこれから注文する為に列に並ぶところだろう。
「鋭ちゃん、上鳴くん!食堂で会うのは初めてだね」
「……そうだな」
彼女の腕がするりと解けて、熱が散ってゆく。駆け寄ったなまえちゃんの髪を切島くんの掌がくしゃりと撫で付けた。教室で見せる表情とはまた違う、優しくて穏やかな眼差し。彼女の事を大切に思っていることが伝わってくる。誰が見ても分かる。−−−切島くんがなまえちゃんを好きな事なんて、一目瞭然だ。
「今日はね、出久くんと食べる約束してて……ね、出久くんっ」
「あ、う、うん!」
「緑谷とみょうじが知り合いだった事に俺は驚いてる!なあなあ、折角だし俺らも一緒に食べていい?」
「おい、上鳴……」
上鳴くんを咎める切島くんに向けて「いいよ、折角だしみんなで食べよう」と笑いかけた。きっとそうした方がなまえちゃんも喜ぶし、それが正しい選択だと思う。僕の予想通りなまえちゃんは嬉しそうに笑ってくれたし、うん、……二人きりじゃなくなったのは残念だけど、これでいいんだ。
切島くんと話すなまえちゃんの背中を見つめながら、少しだけ胸の奥の方がつきんと痛んだ。
***
−……何でこんな事になっているんだろう。そう思っているのはきっと僕だけじゃなくて、切島くんも一緒だ。四人で空いている席に座った−−−そこまでは良かった。食べている間に、僕たちが見知らぬ女の子と居るのを不思議がったクラスメイト達が続々と集まってきたのだ。気が付けばなまえちゃんは僕たちから離れた所で皆に囲まれている。出会ってまだ数分。それなのになまえちゃんは1Aのメンバーの中に自然に溶け込んでいた。それは何とも不思議で、だけどしっくりくる光景だった。
「こんなに大っきい尻尾初めて見た……!」
「あはは……そ、そうかな……?」
「……あの、後で触ってもいいかなあ……?」
「みょうじ……オイラの頭のもぎもぎも触っていいんだぜ……!」
「わー!触りたい……!柔らかいの?」
「なまえちゃん、峰田ちゃんには気を付けてね」
「何でだよー!いいだろー!」
彼女を中心にわいわいと盛り上がるクラスメイトを見ながら、黙々とご飯を口に運ぶ。もうちょっと話せると思ってたんだけどなあ……。残念だけど仕方ない。
「邪魔して悪かったな」
「!いや、僕は全然……なまえちゃんも皆と話せて楽しそうだし、」
「……そうか」
「……うん」
「……緑谷の話はさ、入学前からなまえに聞かされてたんだ。まさか同じクラスになるとは思ってなかったけどな!」
「僕も、なまえちゃんから良く切島くんの話聞いてた」
「自慢の幼馴染って話してたよ」
そう言うと、切島くんは照れ臭そうに頬をかいた。そして、きゅ、と唇を結ぶ。真っ赤な瞳が真正面から僕を射抜いた。
……逸らしちゃ駄目だ。
「……緑谷。なまえの事、どう思ってる」
「どう、って」
「俺は、なまえが好きだ」
迷いのない言葉。そして眼差し。喧騒の中、切島くんの言葉だけがやたら鮮明に僕の耳に届いた。逸らさない。逸らしちゃいけない。赤い目を見つめ返す。ぐっと奥歯を噛み締めて、それから、深い息と一緒に言葉を吐き出す。
「…………なまえちゃんは、僕の大切な人だ。君と違って、僕はまだ彼女と出会ったばかりだけど−−−」
「……」
「君に負けないくらい、僕も彼女の事を想ってる」
譲れない。幼馴染だからといって、切島くんに遠慮するつもりはこれっぽっちも無かった。切島くんが本気でなまえちゃんを大切に想っていることが分かるからこそ、僕もちゃんと向き合いたい。……自分の気持ちに嘘はつきたくない。
ふう、と息を吐き出したのは切島くんだった。
「……言っとくけど、なまえ相当手強いからな」
「……うん、それは……知ってる」
「今もそうだけど……目ェ離すとすぐ人に囲まれてんだよなぁ」
視線を向けると、楽しそうに笑うなまえちゃんに女の子たちがくっ付いていた。な、何してるんだろう。……羨ましいとか思ってないよ。思ってないってば。
「なまえちゃんって……不思議な女の子だよね」
「無自覚の人誑しなんだよ」
「ひ、人誑し……」
「一度なまえの手に触れるともう、駄目なんだ。あの優しい熱に焦がれるようになっちまう」
−……確かに、そうだ。目を閉じても思い出せる。なまえちゃんのあたたかさと、甘い匂い。優しく僕を呼ぶ声。僕の心は出会ったあの日からすっかり彼女に囚われていて、いつだって彼女を求めている。
「これで、俺と緑谷は正式にライバルだな」
そう言いながら、切島くんは眩いものを見るみたいになまえちゃんを見つめていた。きっと、切島くんにも僕と同じように見えているんだろう。
ふわふわ、きらきらと。
僕たちを惹きつけてやまない。
君はやさしい光。