したごころとあまい罠:切島
(切島)



雄英体育祭まで二週間を切っていた。今日は貴重な休日。のんびりと遊んでいる暇などある訳もなく、限られた時間を使ってひたすら肉体強化に励む。今は丁度ロードワークを終えて自宅に帰ってきたところだった。シャワーで汗を流し、リビングのソファに座って一息つく。


ぴんぽん、と。
チャイムが鳴った。……ああ、母さん居ねえのか。立ち上がってインターホンの画面を覗き込むと、映っているのはなまえ……なまえ!?


ドタドタと玄関まで走って、勢い良くドアを開けた。「わっ、」そこにはぱちくりと瞳を瞬かせたなまえが立っていて、思いがけない人物の来訪に心が浮き足立つ。


「あ、鋭ちゃん。お家に居てくれて良かったあ」
「どうしたんだ?」
「あのね、差し入れ持ってきたの」
「……差し入れ?」
「うんっ。体育祭に向けて頑張ってる鋭ちゃんにわたしも何か出来ないかなーと思って……」


大切そうに抱えている袋の中身は俺の為に持ってきてくれた物らしい。きゅ、と胸が締め付けられる。ここが玄関じゃなかったらなまえの事を抱き締めていた。間違いない。


「ありがとな!」
「えへへ。あとね、こっちはお母さんが職場の人から貰ったチョコの詰め合わせなの。すっごく美味しいやつ!」
「貰っていいのか?」
「勿論!いっぱいあるからどうぞーって」
「なまえ、上がってくだろ?折角だし一緒に食おうぜ」
「……いい?鋭ちゃんの邪魔にならない?」
「邪魔なわけないだろー?丁度息抜きしたいと思ったところだったんだ。ナイスタイミングだぜ!」


わしわしと髪を乱すと「じゃあお邪魔します!」となまえが満面の笑みを浮かべた。つられるように俺の頬も緩む。

なまえを家の中に招き入れて、一緒に部屋に向かう。


「あんまり長居はしないようにするね」
「気にすんなよ」
「でも、鋭ちゃんもやる事あるでしょ?」
「なまえが一緒に筋トレすれば問題無し!」
「う、……き、筋トレ……」


運動が苦手ななまえは、筋トレもあまり得意ではない。腹筋も背筋もサポートありで何とか10回、頑張って20回出来たら良い方ではないだろうか?


「鋭ちゃんと同じペースは無理だけど……今日は一緒に頑張ってみようかな」
「お、やるかー!」
「お手柔らかにお願いします……!」


なまえが持って来てくれたチョコを摘みながら休憩して、一緒に筋トレをする−−−予定、だったのだ。


***


「えいちゃん……」


な、何がどうしてこうなった!??

瞳をとろんとさせたなまえが熱い体をぴとりとくっつけて来る。「えいちゃん、つめたいね……気持ちいい……」そんな事を言いながらすりすりと腕に頬擦りされて、正直いつ個性を発動させてもおかしくない。いや、既に制御出来ず、一部がピキピキと硬化し始めている。……思わず個性が出ちまうくらい、この状況に動揺してるって事だ。


「なまえ……ッ、ど、どうしたんだよ……!」
「ん……?わかんない……あつくて、ふわふわするの……」


赤みを帯びたなまえの頬、やたら舌ったらずな口調。しっとりとした肌からはいつも以上に濃く感じるなまえ独特の甘やかな芳香が放たれている。……飛びそうになる理性を何とか抑え付けて、なまえを腕から引き剥がした。


「やだぁ……ぎゅってして……」
「なまえ、ちょ、……ッ!?」


真正面から抱き着いて来たなまえは俺の背中に腕を回し、完全にホールドして来る。隙間無くくっつかれ、感じるやたら柔らかな感触……やべえ……俺駄目かもしれない……。つーか何でこんな事になってんだ?ふにゃふにゃとしてるなまえは酔っ払ってるみたいな…………酔っ払ってる…………?

さっきまで食べていたチョコの箱に視線を向ける。アソートタイプのチョコレートの中には、ウィスキーボンボン……洋酒が入ったものもいくつか混ざっていた。まさかそれか?いや、それだ。それしかない。


「……お前、酒弱かったんだな……」
「んふふ、えーちゃんつめたいー」
「いや、俺が冷たいんじゃなくてなまえが熱いんだからな」


酔っ払ってると分かると、何だか力が抜ける。なまえは酔うといつも以上に甘えたになるらしい。今も名前を呼びながらぐりぐりと頭を押し付けて来ている。可愛いぜ畜生。

なまえの事が好きな一人の男としてはこの状況はかなり役得なんだけど、あまり宜しくない。俺だって絶賛思春期の高校生男子なのだ。こんなの身がもたない。

「んー、喉がぱさぱさする……」
「あ、あぁ……水飲むか」
「うん。のむ……」


ようやく体を離してくれたなまえにホッと息を吐く。危なかった、色々と。コップに水を注ぎ、なまえに手渡してやる。しかしなまえは一向に受け取ろうとしない。


「……飲むんだろ?」
「もてない……」
「おいおいマジかよ……ほら、じゃあ口元に運んでやっから、」


口元に持っていくが、上手くいかない。コップから溢れた水が口元を濡らし、飲みたいのに飲む事が出来ないなまえは子どものようにぐずった。


「えーちゃん、おみず……」
「っどうすっかなぁ……」
「飲ませて……?」


なまえの小さな手が、胸元に縋り付いて来る。どくん。どくん。どくん。濡れた唇に視線が釘付けになる。


「…………なまえ、」


……他ならぬなまえが飲ませて欲しいと言っているのだ。俺に出来るのはそれを叶えてやる事だけ。水が飲みたい、という彼女の願いを叶えるには−……。

とぷんと揺れる水面を眺めてから、思い切って水を口に含む。なまえの熱くて柔らかい頬に手を添えて、ゆっくり−……唇を、重ねた。


「ん、んう、」


重なった唇の隙間から水を流し込むと、こくんと白い喉が上下に動いた。……やべ、唇柔らけェ……。名残惜しいが唇を離して、至近距離でなまえの瞳を覗き込む。あどけない子どものようにふにゃ、と表情が綻んだ。


「おいしい、」
「そ、そうか、良かったな……!」
「えいちゃん、もっと、……」


頬を染めたなまえにそんな事を言われて、背筋がビリビリと痺れた。正常じゃないと分かってはいるが、なまえにもう一回を求められていると思うと興奮で体が熱くなる。

2回目は、ゆっくり、ゆっくりと流し込んだ。さっきよりも深めに唇を重ねて、舌でぺろりと唇の表面を舐め上げるとなまえがくぐもった声を上げる。

もういっかい。もっと飲みたい。求められるままに、口移しで水を飲ませた。続ける内に俺もなまえの体に負けないくらい火照ってきて、溜まった熱が体の中で蠢く。……ああ、なまえと唇を重ねている。想像した通り彼女の唇はふにふにと柔らかくて、唾液は甘い味がした。


気が付けばコップは空。だけどなまえは俺に抱き付いて「もっと、」とおねだりする。とろりと蕩けた瞳に魅入られた。口にはもう何も含んでないのに、吸い寄せられるようになまえの唇を奪ってしまう。細い身体をぎゅっと抱いて、小さな口の中に舌を滑り込ませた。無防備な舌を吸って、ぐちゅぐちゅと粘膜を擦り合わせる。舌の動きに合わせてなまえの睫毛がぴくりと震えた。ああ、なまえ、やべえ、俺もう……!


「ん、なまえ……ッ、俺、俺……!」
「……」
「……なまえ……?」


力の抜けた身体を支える。白い頬を真っ赤に染めたなまえは、ぐるぐると目を回していた。つまり、気を失っている。


……や、やっちまった……。


なまえをベッドへと運び、ひとり頭を抱える。唇を奪ってしまった。強請られたとはいえ、途中からのはただのキスだ。最後のは完全に余計だっただろ俺……!……はあ……マジで柔らかったな……。チョコ食ってたせいか、すげえ甘かったし……。唇に触れるとまだなまえの熱が確かに残っている。なまえが起きたらどんな顔をして、何を言えばいいだろう。


反省はしてる。
でも、後悔はしてない。


−−−暫くして目を覚ましたなまえは良いのか悪いのか、酔ってる間のことを一切覚えていなかった。申し訳なさそうに謝るなまえに「気にすんなよ!」と笑いながら、内心ほっと胸を撫で下ろす。


なまえの唇を奪っちまった事。
……誰にも言えない、俺だけの秘密。