友情という鍵をかけて:心操
(心操)



「みょうじさん、調子悪そうだな」
「あはは、昨日幼馴染に付き合って筋トレしたんだけど、ちょっと頑張りすぎちゃって、」
「……筋肉痛?」
「うん、筋肉痛」


机に突っ伏しているみょうじさんは本当にしんどそうだ。みょうじさんが運動苦手だって事は授業とかで知ってたけど、筋トレでもそんな風になっちゃうんだな。


「本当に運動全般が苦手なんだな」
「わたしね、運動神経が壊滅的に悪いの」
「……みょうじさんにも苦手なものがあって良かったなって俺は思うけど」
「え、わたし苦手なものいっぱいあるよ?」


そう言ってくすくすと笑うみょうじさんは賢い上に人柄も良くて、俺が出会ってきた中でも魅力的な女の子だと思う。男女問わず人を惹きつける不思議な魅力を持った彼女の周りには自然と人が集まるし、勿論そんな彼女に想いを寄せる人間も少なくない事を俺は知っている。

誰にでも平等に優しくて、いつもふわふわと笑っている彼女の隣は安心する。みょうじさんの優しさは当たり前に他者に向けられるものだ。そんな彼女が与えてくれる優しさの心地良さを一度知ってしまえば、誰もがそれを求めるようになる。


運動神経が悪い所は彼女の弱点というか隙というか、寧ろそんな所が可愛いというか。完璧では無いところもまた魅力的なのだろう。


「体育祭は殆ど席で応援してる事になりそうだなあ。心操くんの事、いっぱい応援するからね」
「はは、ありがとう。ヒーロー科に編入するチャンスだからな」
「ヒーロー科、かあ」
「……どうかしたのか?」
「あの、心操くん……ごめんなさい」
「え、何が」
「一瞬ね……本当に一瞬だよ?ヒーロー科に編入したらもう心操くんはわたしの隣の席じゃ無くなっちゃうんだなって、残念に思っちゃって。……心操くんの真剣な気持ち、知ってるのに」


俺の目を見ながらそんな事を言ってくるみょうじさんに心臓が突然ギュンとおかしな音を立てた。急に不整脈か?俺は死ぬのか?何故だかみょうじさんの顔を見ていられなくなって、咄嗟に顔ごと背けた。それを見て俺が怒っていると勘違いしたのか「ち、ちゃんと応援するよ、大丈夫だよ!」とみょうじさんが必死になっている。みょうじさんには申し訳ないけど、俺に誤解されまいと必死になっている姿を見て可愛いと思ってしまった。ごめん、みょうじさん。俺はおかしいのかもしれない。


「……分かってるよ。みょうじさんが謝る必要なんて無いから。それにヒーロー科に編入したいとは思ってるけど、俺もみょうじさんと違うクラスになるのは寂しいし、」


言葉にすると今度は胸が何かに刺されたみたいにちくりと痛んだ。俺たちの繋がりは''同じクラスで偶々席が隣だった'' 。ただそれだけ。クラスが変わったら、こうして話す事も無くなってしまう。中学の頃の友人と高校に入ってから全く会わなくなったように、みょうじさんとの関係も呆気なく途切れるのだろうか。


……それは、嫌だな。
彼女の「おはよう」で始まる朝が好きだ。「また明日」で終わる放課後が好きだ。当たり前のようにみょうじさんの声が聞けて笑いかけてもらえる今の距離感が愛おしい。クラスの中で一番彼女と親しい自覚はある。一緒にいる時間も多いし、周りからも「心操ってみょうじと本当に仲が良いよな」と良く羨ましがられている。因みにだけどこのポジションを譲るつもりは、ない。


「えへへ、心操くんも寂しいと思ってくれるんだね。嬉しいなあ」
「……当たり前だろ」
「クラス離れても一緒にご飯食べたりしてくれる?」
「ああ。食べよう」
「良かった!わたし心操くんのこと好きだから、これからもずーっと仲良くして欲しいな」
「っ、」


こんなにも真っ直ぐに「好きだ」と言われ、照れない人間はいるのだろうか。いや、そういう意味じゃ無いって分かってるけど、それでも心臓に悪すぎる。どっどっと早い鼓動を落ち着かせるよう胸を撫でた。みょうじさんの無垢さは時に罪だ。これじゃあ勘違いしてしまう人間も居るだろう。言われたのが俺で良かった。

ちら、とみょうじさんに目を向けるとニコニコと無邪気に笑っていた。……みょうじさんには敵わないな。口元を緩め、片手でぐしゃぐしゃと彼女の髪を乱す。みょうじさんの髪は柔らかくて触り心地が良い。


「みょうじさんの下の名前ってなまえ、だよな」
「うん、合ってるよ」
「……なまえって呼んでもいいか?」
「勿論!じゃあわたしも人使くんって呼びたいな」


彼女に呼ばれると自分の名前が特別なモノに感じて、何だかくすぐったい。


「名前呼びって仲良し度がぐんっと上がる気がするよね」
「俺、女の子を名前で呼ぶのも女の子から名前で呼ばれるのも初めてかも」
「ふふ、人使くんの特別になったみたいで照れちゃう」
「……なまえは、特別だよ」
「嬉しいなぁ……これからはいっぱい人使くんって呼ぶからね!」


隣を見ればなまえがいる。今は当たり前な光景だけど、きっと彼女が隣から居なくなって初めてこの当たり前が幸せだった事に気が付くんだ。


「……なまえ」
「なあに、人使くん」
「体育祭、俺の応援してくれるんだろ?」
「うん!勿論!」
「……俺の応援だけして欲しい、っていうのは駄目か」


真っ直ぐ見つめて懇願する。
友人として、少し望みすぎだろうか。

彼女が大切にしている幼馴染の男がヒーロー科だという事は知っている。きっと、なまえはその幼馴染も応援するのだろう。


「……ヒーロー科の幼馴染じゃなくて、俺を応援して欲しい」
「えっと、それって」
「体育祭の間、なまえが俺だけを見ててくれたら頑張れる気がするんだ。困らせるような事言ってるのは自分でも分かってる。……でも、俺の我が儘を聞いて欲しい」


彼女の声援が俺だけに向いていて欲しい。ヒーロー科のヤツなんて見ないで欲しい。体育祭の間だけでも、なまえを独り占めしたい。


なァ、心操人使。
それって本当に ''友情'' なのか ?


「……うん、分かった!」
「……本当にいいのか?」
「わたしなんかの応援で人使くんが頑張れる、って嬉しい事言ってくれるんだもん。応援するよ!」
「……嬉しいけどさ、わたしなんか何て言うなよ。なまえは俺にとって……」


……大切な……。


「……大切な、友達なんだから」