(上鳴)
その日は起きた瞬間から最高にツイてなかった。いつもの時間にセットした筈の目覚ましは壊れて鳴らなかったし、そんな日に限って変なところに寝癖が付いて全く直らない。朝ご飯を食べる時間もなく、母親の怒号を聞きながら家を飛び出す。全力ダッシュして飛び込んだ電車は時間がズレた所為で満員だし、ヒールで足を踏まれたりもう何もかもが散々だった。
学校に着く前に満身創痍。改札を抜けて、とぼとぼと背中を丸めて歩く。家から電車までの道のりを急いだおかげで、学校には遅刻しないのが救いだ。ぴんぴんと跳ねた髪を直んねえかな、これ……と指先で撫で付ける。
その時だった。グッと鞄を後ろに引かれて、慌てて立ち止まる。え、何!何事!?俺何かした!?振り返ると、そこには息を切らした女の子が立っていた。……誰?
「っ……やっと追いついた、!」
「……えっと、俺に何か用?」
「はー、良かったです……はい、これ。学生証落としてましたよ」
「え、え……うわあ本当だ!ありがとー!!!マジで助かった!」
彼女の手に乗っていたのは確かに俺の学生証だった。いつも入れている鞄のポケットから落ちてしまっていたらしい。危ねー!入学早々学生証なんて失くしたらマジで相澤先生に除籍されちまう……!彼女が拾ってくれなかったら、と考えたら冷や汗が溢れ出てきた。わざわざ走って追いかけて来てくれた彼女には感謝の気持ちしかない。ありがとう!と何度も頭を下げる俺に、彼女は気にしないでと柔らかく笑う。いい子だ……!なんていい子なんだ!!心なしか彼女からマイナスイオンが発生している気がする。つーかすげえ俺好みのいい匂いなんだけど!やべえ、運命の出会いじゃね?ってか……雄英の制服……?
「なまえっ、急に走り出してどうしたんだよッ……!って、上鳴……!?」
「え、切島?」
「ごめんね鋭ちゃん、彼が学生証落っことしたの気付かずにそのまま行っちゃったから慌てて……もしかして知り合いだった?」
俺と切島の顔を見比べて、へらりと笑った彼女は「初めましてみょうじなまえです」と呑気に自己紹介を始める。え、え?何?鋭ちゃんって何!?もしかしてか、かの、彼女……?
「き、切島の裏切り者ーッ!俺たちに黙って彼女作りやがって!」
「ハァ!?なまえはそ、そんなんじゃねーっ!」
「鋭ちゃんって愛称で呼んでくるような女の子が彼女以外の何だってんだよー!」
「なまえは幼馴染だ!」
「…………幼馴染?」
髪に負けないくらい顔を真っ赤にした切島に「早とちりすんな」と怒られてしまった。
「え、だって、雄英の制服だし……え、えーー?」
「なまえは普通科。幼稚園の頃からの幼馴染なんだよ」
「そうなの。えーっと……上鳴くん?」
「あっ、うん!俺、上鳴電気!切島と同じA組で……宜しくな!」
「彼女じゃなくて、何かごめんね」
いや、寧ろラッキーっていうか、彼女じゃないなら俺にもワンチャンある訳で!是非お近づきになりたい!なんてことを考えながらみょうじの隣に立つ切島の顔を見て、俺は一瞬で全てを察した。切島らしくない、何かに耐えるような表情。……あー……成る程。お前の片想いなのね……。
「切島……」
「……なんだよ」
「なんか、ごめんな!」
「馬鹿にしてんのか!?」
「してないしてない」
みょうじを真ん中に置いて三人で歩き始める。いやあ、切島がみょうじを見る優しい眼差しと来たら……何かこっちがドキドキしちゃうわ。表情がころころと変わって懐っこい彼女は確かに愛らしさがあって、こんな子が幼馴染でずーっと近くにいたら好きになっちゃうよなぁって感じする。いいなあ幼馴染。しかも異性の。
「なぁなぁみょうじ、普通科ってどう?」
「ん?どうって、普通かなぁ。授業楽しいよ!ヒーロー科は色々大変って鋭ちゃんから聞いてる!」
「すげー大変!毎日ひいひい言ってる!」
「鋭ちゃんも上鳴くんもこれから素敵なヒーローになるんだもんねー!全力で応援してるからね!」
ぐっと拳を握って力強く言うみょうじを見て納得した。きっと、切島はこーいうところが好きなんだろうな。不思議な空気感というか、自然と自分の中に入り込んでくるこの感じ。
「なまえ、筋金入りのヒーローオタクだから。あと個性に対する興味と探求心がすげェ」
「へー、そうなん?」
「うんっだからヒーローの卵たちの成長を同じ学校に通いながら見れるなんて夢みたいで……。それにプロヒーローの先生も多いし!周りの人も色んな個性持ってて、雄英の普通科に受かった喜びを毎日噛み締めてる!」
「ヒーロー科は受験しなかったんだ?」
「自分がヒーローになるより、ヒーローを支えられるようになりたいって気持ちが強くて」
「いいじゃん!何かかっけーな!」
だらだら三人で話している間に気が付けば学校に到着していて、普通科のみょうじとは途中で別れた。つーか切島、毎日みょうじと一緒に登校してんのかな?峰田辺りが知ったらうるさそうだなー。
「みょうじ、いい子だなー」
「…………アイツは、駄目だぞ」
「何が」
「その顔、絶対分かってるだろ」
「まーな!てか幼馴染ってことは付き合い長いんだろー?告ったりしねーの?」
「……なまえは俺のこと、ただの幼馴染としか思ってねェから」
「えーマジ?そんな事なくね?」
「何かもう付き合いが長すぎて、家族みたいに思われてんだよ。なまえ、絶対俺のこと男だと思ってない」
「成る程なー」
「……上鳴もその内分かると思うけど、なまえって良くも悪くも純粋なんだ」
「純粋!いーじゃん……」
「さっきも言ったように、アイツってヒーローオタクだし、個性に対する『どうなってるの?すごいねー!』っていう気持ちが強すぎてな……」
「……おう」
「……なまえの前で個性見せたりすると、すげェ興味津々で質問責めにされたり触られたりすっから……俺も未だに硬化して、触らせてっておねだりされてんだよ……」
はあ、と溜め息を吐きながら言う切島を見て、色々苦労してきたんだなー……と思った。でも無防備な幼馴染、俺も欲しかった!それで手を出さずにいられる切島も凄い。俺だったら我慢出来ないと思う。凄え忍耐力だ。
男らしいぜ切島……!
はー、でも自分の個性を使ってみょうじに触られたら、って考えるとドキドキすんな……。あの匂いがもっと近くに……悪くねェ……!
「なまえで疚しい事考えんなよ……」
ヤベ、バレてた。