(相澤)
みょうじなまえは、教師陣の中でも話題に上がる事が多い生徒の一人だ。俺が受け持っている1Aの切島の幼馴染でもある彼女は、時折緑谷や上鳴、芦戸といったA組の人間と一緒に居る所を目撃されている。成績も優秀で人当たりも良く、教師陣からの評判も良いみょうじ。特にマイクは一生徒である彼女がかなりのお気に入りだ。何でもみょうじは昔からマイクのラジオのヘビーリスナーで、公開録音があれば必ず赴き、雄英の生徒になった今もマイクの事を良く慕っているそうだ。『イレイザーもみょうじにあのキラキラした眼差しで見つめられてみろよ。一発だぜ?』何がだ、と言いたい。あんな娘が欲しかった、目に入れても痛くない!と騒ぐマイクが本気で鬱陶しい。彼女について語るマイクの顔はいつも以上にだらしなく緩んでいて、生徒だって事を忘れているんじゃないかと時折心配になる。
「あっ……相澤先生!」
噂をすれば、だ。向こう側からやって来たみょうじが俺に気付き、駆け寄ってくる。……水分をたっぷりと含んだ、宝石のように煌めく瞳。特に疾しいことは何もないが、心の奥を見透かされそうな気分になる。
「先生、職員室に戻るところですか?わたしも用事があって……良かったらご一緒してもいいですか?」
「ああ、」
「やった……嬉しいです!」
隣に並ぶと、みょうじの小ささと華奢さが良く分かる。俺の隣を歩けることの何が嬉しいのかは分からないが、彼女は白い頬を薄っすらと桃色に染めてニコニコと無邪気な笑顔を向けてくる。
「イレイザーヘッドさんが担任なんて羨ましい!ってわたし、いつもえ……切島くんに話してるんです。その度に授業の事とか色々自慢されて……」
「仲が良いんだな」
「はい!幼馴染ですから。小さい頃からずっと一緒なので、もう家族みたいなものです」
「そうか」
「鋭ちゃんは絶対素敵なヒーローになるって信じてます!」
切島を大切に思っている気持ちが、表情と声から良く伝わってくる。そこにあるのは幼馴染を想う、純粋な心。こういう存在が近くに居るというのは切島にとっても心強く、成長の手助けをしてくれるに違いない。ふ、とみょうじに視線を落とすと、思い切り目があった。
「……先生、目の下、隈がすごいですよ」
「ん、ああ……いつもこんなもんだ」
「ちゃんと寝れてますか?先生って忙しそうですもんね……あ、そうだ!先生、ちょっとだけ屈んでもらう事って出来ますか?」
「…………何でだ?」
「……お願いします!」
眉を下げた表情で言われ、渋々立ち止まって屈んでやる。失礼しますね、と言った彼女が一歩俺に歩み寄る。−−ふわりと鼻腔をくすぐる甘い香りと、目元を覆った温もりに一瞬何が起こったのかと困惑した。
「わたしの手、体温が高いからホットアイマスク代わりになるんです。これをお母さんとかにやってあげると疲れ取れた気がするーって喜ばれるんです!どうですか?ちょっとでも楽になったらいいんですけど、」
……人の目をいきなり覆うのはどうかと思うが、みょうじは本当に純粋な気持ちだけでこの行動を取ったのだろう。声色からも伝わってくる。……善意でやってくれた事だ。咎められない。ここが人通りの少ない場所なのが幸いだ。こんな所を誰かに見られたら何を言われる事やら。……しかし、不思議だ。彼女の手は本人が言う通りあたたかい。それだけではなく、確かに当てられた部分からじわりじわりと疲れが吸い出されている気がするのだ。俺は目を酷使する個性だから尚更感じるのかもしれない。朝から僅かにあった頭痛が引いていくのを感じる。このまま身を預けたら、立ったままでも寝てしまいそうだ。
礼を告げて目を覆う彼女の手を取る。心配そうな顔をしていたみょうじがふわりと微笑んだ。次の瞬間、突然ぐらついた体を咄嗟に支える。柔らかな体を受け止めてちゃんと立たせてやると、恥ずかしそうに慌てて頭を下げてきた。
「わっ……ごめんなさい先生。バランス崩しちゃいました……」
「いや、気にするな。それよりお前の個性は治癒系の個性か?」
「いえ、わたしの個性は普通の人よりも体温が高いってだけで、特に傷を治したりとかは出来ないですよ」
「……そうか。お前に手を当ててもらって随分と体が楽になった」
「!本当ですか?お役に立てて良かったです……わたしの手で良かったらいつでも使って下さい!」
ぐらついた瞬間の少し悪い顔色が気になったが、気のせいだったか。嬉しそうなみょうじにふっと表情が緩む。丁度いい位置にある頭に思わず手を乗っけて、髪を乱していた。……自分から触ってくる時は平然としていた癖に、こちらが触れると頬を染めて大人しくなってしまうところも良い反応だ。
「……えへへ……でも先生が言うようにわたしが治癒系の個性持ちだったらもっと皆の力になれたのかな、って時々思う事はあるんです」
「……みょうじ」
「?はい」
「手当て、という言葉は知っているな?」
「……手当て、ですか」
「小さい頃に怪我をすると母親にやられなかったか?痛いの痛いの飛んでいけ、ってやつだ」
「あ、はい!アレって不思議ですよね。本当に痛みがどこかにいったような気がして……」
「お前の手にも実際その類の力が働いているのかもしれない。俺は今本当に頭がスッキリとしているし、それは間違いなくお前の力のお陰だ」
だからもっと誇っていい、と言ってやればみょうじは瞳を瞬かせて、それから花咲くような笑みを見せた。
「……ありがとうございます、先生」
「しかし不用意に異性に触れるのは褒められた事じゃないな。程々にしておけよ」
俺はもういい大人だから色々と自制も効くが、年頃の男がこれをやられたら一溜まりもないだろう。彼女の匂いやその熱は、人の心を揺さぶるのに十分な効力がある。自分の近くに置いておきたいと思ってしまうような、惹きつける何かが確かにみょうじにはあるのだ。……悪い人間に目をつけられないか心配になる生徒だ。
「はい、程々にしておきます!あ、でも先生がお疲れの時はいつでも頼って下さいね?」
……分かってねえな、これは。