青い心臓埋めたなら:心操
(心操)



「ねえねえ、心操くんって今日はお昼誰かと食べる約束してたりする?」
「……してないけど」
「わ!じゃあわたし心操くんのこと予約してもいいかな?」
「予約って」
「一緒に食堂でご飯食べたいなーってずっと思ってたんだあ!」
「……俺でいいの?」
「心操くんがいいの!」


今は2限目と3限目の間の休憩中で、次の授業の準備をしながら俺はいつも通り隣の席のみょうじさんと雑談していた。急に昼飯誘われた時は少しだけ驚いたけど、まあ、普通に嬉しい。思わず頬が緩んでしまいそうになるのを感じて、咄嗟に片手で口元を覆った。


「へへ、今日は何食べようかなあ」
「まだ2限目終わったばっかなのに、もう昼の事考えてるんだな」
「……ラ、ランチラッシュさんが作るご飯が美味しすぎるのが悪い!」
「……責任転嫁か?」
「……だって、頭使うとお腹空かない?」
「ふ、みょうじさんって意外と早弁とかしちゃうタイプだったり」
「流石にした事ないよ!でも食べるのは好き!」


個性の話をしてから、俺とみょうじさんの距離は前以上に縮まった……と思う。今までは彼女が話し掛けてきて俺がそれに答える、と言うのが殆どだったけれど、最近では俺から話し掛ける事も増えた。授業の合間の休憩時間は二人で話す事が多いし、周りからもいつの間にそんなに仲良くなったんだ、と良く驚かれる。

今までは''洗脳''という個性の所為で一歩引かれる事が多かったけれど、みょうじさんという存在が近くに居る事もあってか、今までと比べたらクラスメイトとも上手くやれていた。自分を偽る事なく「ヒーローを目指している」と言っても応援の言葉を掛けてくれるのは、思ってた以上に心地が良い。

最近は事あるごとにみょうじさんの有り難みを感じている。色々な焦燥や不安を抱えながらも心穏やかに日々を過ごせているのは、間違いなく彼女のお陰だ。


「早く昼休みにならないかなあ……あ、心操くん」
「ん?」
「もし授業中にわたしのお腹が鳴っても、気付かないフリしてね?」
「……俺に聞こえるくらいの音量で鳴ったら、流石に笑うかも」
「わ、笑うのは無しだよー」


彼女と過ごしていると無意識に笑ってる事が多い。ありのままで誰かと一緒に居られるというのは、こんなにも楽しくて優しい。

……普通科に入らなければ、彼女とこんな風に仲良くなる事も無かったんだろうな。ああ、そう考えるとやっぱり、今ここにいる自分も案外悪くないかもしれない。……みょうじさんと出会えて良かった。


***


「わー……すごい人だね……座るところあるかな?」
「……ああ、あそこ空いてるぞ」
「どこ?……あっ本当だー!心操くん、席探しの才能あるね!」
「しょーもない才能だな、それ。あとみょうじさんが小さいから見つけられないだけじゃないか?」
「心操くん……わたしはこれから成長期が来る予定だから!心操くんを抜かす勢いで成長しちゃうんだからね!」
「みょうじさんはそのままでいいよ、」
「えー。心操くんを抜かす勢いは言い過ぎたけど、もう少し大きくなりたいなあ。高い所にある物とか取れないし……視界も狭いし……」
「頼んでくれれば俺が取るよ」


唇を尖らせているみょうじさんにそう言えば「頼もしいね!」と笑顔を向けられる。みょうじさんはそこまで小さくは無いけれど、確かに大きくもない。でもちょこんとしてる彼女の姿は癒されるし、俺はこのサイズ感が割とお気に入りだ。


「心操くんも日替わり定食?」
「ん。みょうじさんも?」
「一緒!わたし達仲良しだね!なんか嬉しいなあ」


……こういう所だよな。あっさり言えちゃうのがみょうじさんの良いところだけど、言われる側は心臓に悪い。まあ彼女と過ごす内に多少慣れて来たけど、未だに真っ直ぐすぎる言葉に照れてしまう俺がいる。これで無自覚だから罪深い。


先程見つけた席に座って「いただきます」と手を合わせた時だった。

突如鳴り響く警報音。
『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難して下さい』

セキュリティ3、というのが何かは分からないが兎に角良くない事が起こってるのは確かだ。みょうじさんを連れて安全な場所へ、と思ったけれどその時には既に食堂はパニック状態に陥っていた。この大人数が一気に避難しようとしたら、そうなるに決まってる。外へ出ようとする人達の波に飲まれそうになり、咄嗟にみょうじさんの腕を引き寄せて端の方に押し込んだ。あのままあの場所に居たら人に揉まれてバラバラになってしまう。ここで俺が壁になっていれば取り敢えずは安全だろう。


「な、なんだろうね……」
「分かんねえけど……焦ってあの人混みの中突っ込んだら間違いなく怪我すると思うぜ」
「うん、そうだね。……心操くんが居てくれて良かった。わたし一人だったら絶対巻き込まれてたもん……」
「俺もそう思う」


彼女を見下ろしてくつりと笑う。あの人混みに巻き込まれてしまったら、きっとみょうじさんを探し出せなかった。ふう、と息を吐く。……それから改めて、彼女との距離の近さに気付いた。丁度俺の胸あたりにみょうじさんの頭があって、意識すると彼女の甘い香水がふわりと鼻腔をくすぐる。……好きなんだよな、この匂い。


「……みょうじさんが付けてる香水、いい匂いだよな」
「香水使ってないよー」
「…………使って、ないのか?」
「うん」


みょうじさんの匂いだった……。待ってくれ、めちゃくちゃ嗅いでしまった。変態か俺は。恥ずかしくなって思わず顔を逸らす。


「何か……悪い」
「えっなんで謝るの?いい匂いって褒めてくれたんだよね。嬉しいよ?」


俺を見上げて微笑むみょうじさんに更に恥ずかしさが増した。……女の子って、こんなにいい匂いがするものなのか?


「あ、心躁くん、もう大丈夫みたいだよ!」
「…………け、結局何だったんだろうな」
「はー良かったあ。これで安心してご飯食べれるねっ」


一人で悶々としている間に安全が確認されたらしい。みょうじさんと距離を取ると、少し早かった心臓の鼓動が落ち着く。

……はあ、本当に心臓に悪い。
早く顔の熱が引くように、片手でぱたぱたと顔をあおぐ俺をみょうじさんが不思議そうに見つめていた。