強引に唇を合わせてくる勝己の行為はキスというよりも私から何もかもを奪おうとしているみたいに思えた。理解が出来ない状況に思考が追いつかない私を少しカサついた唇が、ぬるついた舌の感触が、じわりじわりと追い詰めながら侵食していく。
勝己から離れようと必死で身を捩れば、肩を押さえつける手の力が更に強くなった。そこからじんわりと広がる熱も今は恐怖の対象にしかならない。
「んっ……」
唇が離れて、そしてまた重なる。息を吸おうと微かに唇を開けたその瞬間にあっさりと舌の侵入を許してしまった。
口腔内に侵入した舌はいとも簡単に私の舌を絡め取る。互いの舌が触れ合った事に肌が粟立って、反射的に勝己の舌に歯を立てていた。
一瞬怯んで、舌が引っ込む。それでも勝己はキスをやめてくれない。切れてしまったのか、口内にじわりと広がる鉄の味が不快で眉を顰める。
「っ……勝己、やめ、て」
「そんなに嫌かよ」
「っ当たり前でしょ!何考えて、」
「何考えて?言ったろ、俺はお前に俺の事を嫌いになってもらわねェと困るんだよ」
「……どうして」
勝己は一切表情を動かさず、淡々と言った。
「気持ち悪ィんだわ、普通に」
「どんなに酷い事を言っても、酷い態度を取っても、お前は俺を嫌いにならない。それどころかいつだって会う度に期待を孕んだ目で俺を見てくる。嫌いな人間にそんな目で見られんのって不快なんだわ、分かるだろ?」
「優しくされてちょっと期待しちまった?『もしかして勝己、私と親しくする気になったのかも』なんてなァ」
「嫌われてる実の弟にキスされンのってどんな気分?思わず舌噛んじまうくらいには最悪の気分だろ?」
−−口を挟む隙すら無い。畳み掛ける様に私への嫌悪の気持ちをあらわにする勝己に、全てを理解した。このキスの意味も全く理解が出来なかったけど、たった今胸にすとんと落ちてきた。
成る程、勝己はよっぽど私に嫌われたいらしい。
''そんなくだらない理由''で疎んでいる姉に簡単にキスが出来る弟は恐ろしいな、と思う。勝己にとってはキスのひとつやふたつ、なんて事ないんだろうな。ただ私の嫌がる事をしたいだけ。私が傷付く事をしたいだけ。
ああ、そっか。私があの家から居なくなる前に勝己はトドメを刺したいんだ。時が解決してくれるかも、なんて無駄な希望を打ち砕いておきたいんだ。
私の心を、ちゃんと殺しておきたいんだ。
体から力が抜けた。無駄な抵抗をやめて、上に乗っかったままの勝己をぼんやりと見上げる。私はどうするのが正解なんだろう。「最低、大嫌い」と声を荒げて勝己を追い出すのが正解だろうか。
でも私は勝己の言う通り『どんなに酷い事を言われても』『酷い態度を取られても』、弟を嫌いになれない愚かな姉だ。実際死にそうな程に胸が痛いのに、今だってどうしても勝己を嫌いだとは思えない。
こんな姉を持って可哀想な勝己。
ごめんね、でもね。
「私は勝己の事、嫌いにならないよ」
「…………はァ?」
「きっと何をされても、私は勝己を嫌いになれない」
「ッてめェ、自分が何言ってるか分かってンのか?無理やりキスされて嫌だったんだろ?気持ち悪ィと思ったんだろ!?じゃあ、」
心底信じられないといった様子で捲し立てる勝己にふるりと首を振った。ぐちゃぐちゃに傷付けられて内側からこの身が裂ける事になっても、私が勝己を嫌いになる事だけは無いだろう。
「だって、勝己は私の大事な弟だから」
その言葉を口にした私がどんな表情をしていたのか自分でも分からない。それが勝己にとってどれ程残酷な言葉だったのかも、分からない。
私の言葉を聞いた勝己はこぼれ落ちそうなほどに瞳を見開き、それから醜く顔を歪めてぶるぶるとその身を震わせた。不快感をあらわにしたその顔が泣きそうに見えて、けれど私にその頬を撫でる権利は無い。
「…………あァ、そうかよ…………」
自嘲気味に呟いた勝己は強く唇を噛み締めて、それからひとつ、深めの息を吐き出した。
「お前のそういう所が嫌いだ。……大嫌いだ」
心臓目掛けて一直線に振り下ろされる言葉の刃に、心はズタボロに傷付いている。でもそうして傷付けられている私よりも、何故か勝己の方がよっぽど辛そうだった。
口内に未だ広がる鉄の味。唾液と一緒に飲み下して思うのは、私にも勝己にも同じ血が流れているという事。だからこそ私は勝己が愛おしくて、勝己は私の事が憎くて堪らない。
−−勝己はあっさりと私の上から退いて、引っ手繰るように自分の荷物を掴んで無言で部屋を立ち去っていった。
私は床に座り込んだまま、そのまま暫く動く事が出来なかった。