電車を降りたら知らない駅だった降谷と、大規模な迷子を拾ってしまった名前ちゃんの話。
何となく、本当に何となくだった。「大丈夫、ですか?」と声をかけて顔を上げた男の人は私がよく知っている人だった。「ぅ゛えッ…!?あむっ、えっ、ふる…あっ、この格好は、組織の方…?」なんてぽろぽろと零れる機密事項。彼からしてみれば危険人物この上ないだろう。
大きな目を更に大きく見開いた彼に「ほ、本物…?な、訳無いですよね…あ、はは…あはは…し、失礼しましたぁ…」と苦笑いをして回れ右。学生の時、体育の授業を真面目に受けてて良かった!まさか社会人になってから使うことになるなんて思ってなかった!
このまままっすぐ歩いて家まで帰ろう。そうしよう。一人でうんうん、と頷いて歩き出そうとしたのも束の間「待ってください」と腕を引かれてぐらりと後ろに倒れる。ぽすりと逞しい体に支えられて思わず「うひっ、」と声が出た。
恐る恐る振り返れば、彼はそれはもう大層綺麗な顔で「詳しくお話を聞かせていただいても?」と微笑んだ。逃がす訳ねぇだろ、と副音声が聞こえてきそうな圧の強さに「は、はい…」と半泣きで返事をした私は多分混乱していたんだと思う。
そうじゃなかったらこんな大胆なことを初対面の男の人にするわけが無い。「……僕が言うのも何ですが、少々危機感に欠けるのでは?」と本気の心配顔で首を傾げられて返す言葉も無い。
「そうですね。私もやっちまったなって思ってます」と返した私はへらりと笑ってから「まあ、どっちにしろ人目がある所で話せる内容じゃないし結果オーライということで!」と親指を立てる。理由ですか?今考えましたが、何か。
「貴方それ今考えたでしょう」とため息を吐いた彼を笑顔で誤魔化す。多分誤魔化せてないけど。駅で困っていた彼を連れてやって来たのは私の自宅。カフェやファミレスでも良かったのかもしれないけれど、今思えばこんなに目立つ彼を連れて歩くのはちょっとばかしリスキーだ。
「あと、目立ちすぎです。貴方みたいなイケメン、逆ナンしてくださいって言ってるようなもんですよ。顔の良さを自覚してください」とため息混じりに言えば、彼はきゅっと眉間に皺を寄せた。
「私コーヒー飲むんで入れますけど、いります?」とキッチンに向かえば「いえ、結構です」と短く返される。外で出された物に手は付けませんってことですか、そうですか。「公安は気を使うことが多くて大変ですねぇ。未開封のお茶なら飲めます?」と冷蔵庫を開けて中身を見ながら尋ねれば「……だから結構だと言ってるでしょう」と突っぱねられる。
頑固だな。「じゃあここに置いとくんで。気が向いたら飲んでください」と彼の前にどん、とペットボトルのお茶を置けば彼が目を丸くする。「これを…このまま…?」と首を傾げた彼の顔は本気か?とでも言いたげで、思わず私も首を傾げてしまう。
「はぁ?一人暮らしの家に500のペットボトルなんてある訳ないじゃないですか。お酒割る用のウーロン茶はデカいの買う方が安いんです」と返しながら「コップ入ります?毒は塗ってないですけど、使うなら目の前で洗いますよ」と言えば「……いえ、結構です」と再び拒否。
ううん、困りました。警戒度がMAXです。はぁ、とため息を吐いてから「えーっと、警戒する気持ちは分かるんですけど、私からすると貴方がここにいることの方が不思議でならないんですよね…一体どうやってあの駅まで来たんです?」と尋ねれば、彼は険しい顔で「それは、どういう意味ですか?」と私に聞き返してくる。
それを説明しようと思うとちょっと面倒……じゃなくて、大変だからなぁ。「えーっとですね…あー、いや、見せる方が早いか」と立ち上がって「ちょっとまっててください」と隣の部屋に移動する。本棚からある本を取り出してリビングに戻り彼の前にその本を置く。
「こ、れは…?」と驚きを隠せない彼に「貴方が登場する漫画です」と返せば「随分と、手の込んだ冗談ですね」と彼の表情が曇っていく。まあ、当然の反応だろう。「貴方が警察学校にいた頃のエピソードが書かれてるんです。冗談じゃないので、嘘だと思うなら見ていいですよ」と言えば、彼は恐る恐るその本を開いて、中を見てから「…うそ、だろ」と小さな声で呟いた。
ええ、私のセリフですよ、それ。「信じました?」と肩を竦めた私に「僕は電車に乗って、別の世界に来てしまった…ということか…?」と私と本を交互に見るから「まあ、もうそうとしか思えませんよね」と返すしかない。難しいことは分かりません。というか疲れてるので考えたくないです。
「私はこの本と貴方が出てくるもう一つの本を読んでいたので、貴方のことを知ってました。怪しい者ではありません。ちなみに作中での最推しは貴方だったのでちょっとだけラッキーと思って家に連れてきた部分もなきにしもあらずです」と返してグイッとコーヒーを飲む。
「さて、難しい話は明日にしましょう。今日はもう疲れたので私は寝ます。ここには公安の仕事も、組織の仕事も何もありません。貴方を害するものは、何一つ無いので安心して休んでくださいね」と彼に笑いかけてカップを水に漬けておく。
もう洗うの面倒だから明日にしよっと。呆然と座ったままの彼に「おやすみなさい。良い夢を」とひらひら手を振って隣の部屋のベッドで横になる。まあこうして私が寝れば家探しの一つや二つや三つくらいするでしょう。
そうしたら多分さっき出さなかったコナンくんがメインの方の本も見つかるし、一人で状況整理する時間もあった方がいいだろうし。なんて優しいんだ、と思いながらすぴすぴとあっという間に眠りについてしまった私は、翌朝彼からこんこんと説教を食らう羽目になることをまだ知らない。