本当に無事で良かった

珍しく朝にかかってきた電話の相手は萩原さんだった。「早朝に班長が病院に運ばれて、」と言う言葉に目の前が真っ白になった。なんで、どうして、だってあの時…とぐるぐる頭の中を巡るのはタラレバばかり。「香澄ちゃん?聞こえてる?」と不安そうに声をかけてくれる萩原さんに「病院って、どこの、」と尋ねれば返ってきたのは馴染みの総合病院の名前。

「ひとまず報告だけ先にしとこうと思って。詳しい話は後でね」と仕事の合間にかけてくれていたらしい萩原さんは、ごめんねと謝ってから電話を切った。その後、どうやって病院まで来たのかは覚えていない。ふらふらとやってきた病院で伊達さんの名前を伝えれば看護師の人達にとっても記憶に新しかったようで「ああ、今朝の」とすぐに分かってもらえた。

その軽い様子にそこまで重症では無いのかもしれないと少し期待したのがいけなかったのかもしれない。「彼ならもうここにはいないわよ」とサラリと返された言葉に頭を何かで殴られたような気分だった。いないって何、もうってどういうこと、まさか、と考えはどんどんマイナスな方に向かっていく。

「大丈夫ですか?」と声をかけられてハッとして「だ、大丈夫です…すみません、でした…」と呆然としながら病院を後にする。どうして、だってあの時全部話したのに。気をつけるって言ってた。プロポーズの作戦も考えた。どうして、どうして、どうして!ぽたりと落ちた涙は、どんどん溢れて頬を濡らす。

病院の入口で突然しゃがみ込んで泣き出すなんて、迷惑になると分かっていたのに耐えられなかった。顔を覆って溢れる涙を必死に堪えていれば「香澄ちゃん?」と萩原さんの声が聞こえてハッと顔を上げる。そこに立っていたのは萩原さんと松田さん、そして伊達さんだった。

「だ、てさ…っ、なん、で」と涙で濡れた顔でじっと見つめれば「ハギが紛らわしい言い方するからだろうが!」と松田さんが思い切り萩原さんのお尻に蹴りを入れる。「いっ、!?ごめんって、だって後から聞かされたら心配すると思って!」「結果的に泣かせてちゃ世話ねぇだろうが!」「いってぇ!!ごめんって!!」とぎゃんぎゃん騒ぐ二人の頭をバシリと叩いて「お前ら病院だぞ。静かにしろ」と真っ当なことを言ってのけた伊達さんがまっすぐ私に向かって歩いてくる。

「心配かけて悪かったな。香澄ちゃんのおかげでこの通りピンピンしてる」と頭を撫でられてきょとんとしながら「だって病院に運ばれたって…」と尋ねれば、困ったように笑った伊達さんが「突っ込んできた車を避けた時にちょっと擦りむいただけだ。怪我ってほどじゃねぇよ」なんて言うからぼたぼたと涙が溢れてくる。

「よかっ…、よかったぁ…!わたし、だてさん、たすけられなかったかと…っおもったぁ、」と伊達さんの大きな手を両手でぎゅっと握り締めて泣きじゃくる。良かった。本当に無事で良かった。そう言って泣く私の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜて「香澄ちゃんのお陰だ。本当に、ありがとう」と笑った伊達さんに安心してドッと体の力が抜ける。

「腰、抜けちゃいました」とずびずび鼻を啜る私に「ごめんね、俺の伝え方が悪すぎたね」と困った顔で歩み寄ってきた萩原さんが手を貸してくれる。何とか立ち上がらせてもらったものの萩原さんの支えがないと歩くことすらままならない。

「もうほんと…ご迷惑をおかけしました…」と謝れば「ハギから話聞いて絶対勘違いしてると思ったんだよ。コイツら連れて来てみて正解だった」と呆れたように笑った松田さんが私の頬をぶに、と片手で潰してくる。自分でやったくせに「ふは、」と笑ってくる性格の悪さ。

「なんれふか!」と抗議の声を上げればけらけら笑いながら手が離れて行く。「これで、俺らは全員香澄ちゃんに頭上がんなくなっちまったなぁ」とけらけら笑いながら私を半ば抱えるようにして歩き出した萩原さんに大人しく引きずられた。
backtop