買い物中に休憩しようと思って入っただけのカフェで起きた殺人事件。現場は店内の、そして私の隣の席で起きてしまった。「香澄、息しろ。大丈夫だ」と隣に座った松田さんに背中を撫でられる。「水、飲めるか?無理しなくていいからな」と座った私の前にしゃがみ込んだ伊達さんがペットボトルの水を差し出してくれる。
声になっていたかどうか分からないくらいの小さな声でお礼を言って受け取るけれど、飲む気にはなれなかった。無理はしなくていい、ゆっくりでいい。二人はそう言ってくれるけど、人の少ない店内で、隣に座っていた私が最も怪しい人物であることは確かだった。
そしてそれと同時に被害者が死ぬまでの間、どんな様子だったのかなどの解決に必要な情報を最も多く持っていたのも私だった。話さなきゃ、と思えば思うほど喉が狭まって声が出ない。呼吸も浅くなって、頭が酷く痛む。「上手に、話せないかもしれないんですけど、聞いてくれますか…?」と震える手を抑え込むようにしてぎゅうっと握りしめながら言えば松田さんの手が重なる。
「無理しなくていい。ゆっくりでいいからな」と頭を撫でてくれた伊達さんに頷いて、店の中に入ってから今までの出来事をゆっくりと言葉にする。私が店に入ってきた時には被害者と、私以外の容疑者である三人が既にいた。一つだけ空いていた席に腰掛けて、注文した飲み物の写真を撮って、スマホを見ながらゆっくりしていた。
萩原さんからのメッセージに返信をしようとしたら、少し離れたところで誰かがグラスを落としたらしく、思わず振り返って見てしまった。グラスを落としたのは容疑者の一人で、店員さんと一緒にグラスを拾った後にお店の中の人に向かって大きな声で謝ったから覚えてる。あの瞬間、皆がその人を見てたから。
その後、後ろを通ろうとした人が椅子にぶつかって来たせいで萩原さんへのメッセージを途中で送信してしまったから、それも覚えてる。その人も容疑者の一人だった。そのすぐ後、隣に座っていた被害者が苦しみ出したというのが事の流れだ。
「隣にいたあの女が一番怪しいだろ!」と向けられた視線にひゅっと呼吸が乱れる。言葉を詰まらせた私に「やましい事があるからすぐに否定できないんだ!」と飛んできた追撃にきゅっと喉が狭まった。「ち、ちが…っ、」と声を上げようとした私の頭をくしゃりと撫でた松田さんが「コイツは犯人じゃねぇよ」と私を背中に庇うようにして前に出る。
「大丈夫だ。もう犯人は誰だか分かってるから」と伊達さんも私の頭をぽんと撫でて笑うから、それだけでホッと安堵の息を吐く。犯人はグラスを落とした人と後ろを通った時に椅子にぶつかって来た人だった。グラスを落として店内の気を引き、グラスの中の飲み物に毒物を混ぜ込んだ後、椅子にぶつかり更に意識をグラスから逸らした。
流れるように解決した事件にぽかんとしていると「悪いが、聴取も付き合ってくれるか」と申し訳なさそうに伊達さんが言うから「あ、はい…」とぼんやり返事をする。「大丈夫か?」と顔を覗き込まれて「大丈夫です、すみません。ご迷惑おかけして」とへらりと笑って返せば眉間に皺を寄せた松田さんが私のほっぺを思い切りつねった。
「い、いはいれす!!」と涙目になりながらじたばたと抵抗すれば「人一人目の前で死んでんだ。犯人扱いまでされて、大丈夫な訳ねぇだろ。一丁前に強がってんじゃねぇよ、バーカ」と頬をつねっていた手に腕を引かれて松田さんの胸の中にぽすりと収まる。
「そんなに強くしたつもりはなかったんだが、痛すぎて泣かせちまった。悪かったな」とわざとらしい口ぶりに、ぽろぽろと涙が零れる。「まっ、まつ…っ、ださんの、せいですからね…っ、!」と言えば「へーへー、俺が悪うございましたぁ」と背中をぽんぽんと撫でられる。あやすような手つきに安心して益々涙が溢れて、涙が止まらなくなる。それもこれも文句も言わずに付き添ってくれた二人のせいだ。