ちょっと忙しいだけですから

最初はただの自意識過剰だと思っていたけれど、そうでは無いと自覚したのは自宅のポストに消印の無い封筒が入っていたから。中身は口にするのも憚られるような酷いもの。捨てるのも怖くて引き出しの奥にしまい込んでしばらく経った。

「香澄ちゃん、クマすごいけどちゃんと寝てる?」と心配そうに眉を下げた諸伏さんに、へにゃりと笑って返す。「寝てますよぉ。でも最近ちょっと忙しくて、寝る時間が遅いからですかね」と誤魔化したことに、諸伏さんは気付いただろうか。気付いてないと、いいな。

一度自覚してしまえば視線は四六時中付き纏っていて気にせずにはいられない。ポストに入れられる封筒は既に引き出しから溢れていて、いつからか開けることすら止めてしまった。

「こういうこと言うと怒られちゃうかもしれないんだけどさ、痩せたよね?ご飯も、ちゃんと食べてる?」とテーブルの上にある私の手をぎゅっと握った諸伏さんの目をまっすぐに見ることができずに「食べてますよ。さすがにお腹減りますし」と目を逸らしたことがバレないようにへらりと笑って返す。

食事が、喉を通るはずが無かった。捨てたゴミが漁られていたのを見てから、ゴミを出すのが怖くなった。ゴミを出さないようにしていたら、食事が疎かになった。「本当に、何も無いんだよね?」と私の手をぎゅっと握り締めた諸伏さんに、助けてと言えたらどれほど楽だっただろう。

「……何にも、ないですよ。最近、ちょっと忙しいだけですから」とにっこり笑って返す。納得がいってなさそうな、微妙な顔で「そっか。何かあったらすぐに言ってね」と言ってくれた諸伏さんにお礼を言う。「家まで送るよ。最近物騒なニュースが多いから」と言ってくれた諸伏さんに、いつものように「お言葉に甘えて」と返そうと思ったけれど、ぎゅっと唇を噛み締めた。

家まで送ってもらったら、ポストに消印の無い封筒が届いていることがバレるかもしれない。目ざとい彼のことだ。気付かないわけが無い。それに気付かれてしまえば、中身を問い詰められて、芋づる式にバレてしまい迷惑をかけてしまう。

「だ、大丈夫です!寄りたいところがあるので、本当にここで大丈夫です!今日はありがとうございました!」と頭を下げて、諸伏さんの返事も聞かずに走り出す。とは言え、体力の無い私が長距離を走り続けられるはずもなく、足を止めてぜえぜえと荒い呼吸を繰り返す。

ピロンとメッセージの受信を告げたスマホを見れば諸伏さんから「気をつけて帰ってね。何かあったらすぐ言うこと!」というメッセージが可愛い猫のスタンプと一緒に送られてきた。助けて、のたった一言が言えたら良かったのに。私には、その一言が言えなかった。
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