もう、大丈夫だから

泣いて、泣いて、泣いて。泣きじゃくりながら今までのことを話した。どんな顔をされるだろう。何て言われるだろう。あの日の交番の人みたいに嫌がられたらどうしよう。そう思ったら顔が上げられなかった。俯いたまま唇を噛み締めて、ぎゅっと目を瞑る。

「めいわくかけて、ごめんなさい…」と小さな声で謝れば、ふわりと体が何かに包まれる。ハッと目を開ければ萩原さんに優しく抱き締められていた。「教えてくれてありがとう。もっと早くに気付いてあげられなくて、ごめんね」と優しい口調で背中を撫でられて「な、んで、」と小さな声が零れる。

「怖いとか、嫌だとか、香澄ちゃんの心がそう思ったってことが大事なんだよ。何をされたのかは大きな問題じゃない」と少し体を離した萩原さんが私の目元を親指でそっと撫でる。「大丈夫だよ。もう怖いことも、嫌なことも無いからね」と小さな子に言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡いだ萩原さんはもう一度私を抱き締めた。「もう、大丈夫だから」と再び告げられたその言葉が、すとんと胸の中で落ちる。

止まったはずの涙がまた溢れて「はぎ、わら…っさん、はぎわらさ…っ、」としがみ付いて何度も名前を呼べば「うん。ここにいるよ、大丈夫」と背中を撫でられる。もう怖くない。嫌なこともない。萩原さんたちがいてくれる。大丈夫。そう思ったら涙が止まらなかった。泣いて、泣いて。そのままぷつりと意識が途切れて、泣き疲れた私は眠ってしまった。

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(Side:萩原)

「ごめん、安室さん。ちょっと寝かせてあげていい?」と香澄ちゃんをソファの上にそっと寝かせれば「ええ、勿論です。コーヒー、入れ直しますね」と降谷ちゃんが俺のコーヒーカップを下げる。泣きすぎて真っ赤になった目元には、化粧で誤魔化しきれないほどの真っ黒なクマが浮かんでいた。

何かあったら話して貰えるくらいには信用してくれていると思っていたけれど「…まだまだだったな」と自嘲気味に笑って香澄ちゃんの頭を撫でる。泣き疲れて寝てしまった彼女の話を聞いて、どうしてもっと早くに気付いてあげられなかったのかと拳を握り締めた。

諸伏ちゃんから様子がおかしいと言われた時点で問い詰めていれば良かったんだろうか。それとも松田たちから話を聞いた時に、会いに行けば良かったのだろうか。こんなに、苦しんで、泣いて、怖い思いをさせる前に、どうにか出来たんじゃないか。後悔ばかりが募って、何も出来なかった自分に腹が立った。

「萩原さんのせいでは無いでしょう」と静かな声と共に湯気の立ったコーヒーカップが目の前にコトリと置かれる。「彼女の心が、本当に折れてしまう前に手を取ってあげられたことを喜ぶべきかと」と肩を竦めた降谷ちゃんに「そう、だよな」と息を吐く。握り締めていた拳から力を抜いて、コーヒーを一口飲めば少しだけ頭がスッキリした。

「それよりも、彼女の周辺は少し気にかけた方が良いですね」と降谷ちゃんが店の外に鋭い視線を向ける。香澄ちゃんが駆け込んできてからずっと刺すような視線が店の中に向けられていた。勿論俺も降谷ちゃんもそれに気付いていたから、外から彼女の姿が見えないように立つ位置や座る位置を変えていた。

「ポストに入ってた手紙って言うのも、後で見せてもらわないとな」と目を閉じてすうすうと眠る香澄ちゃんの髪の毛をさらりと梳くように撫でれば、くすぐったかったのか「んん…?」と眉間に皺を寄せて身動ぎをする。可愛いなぁ、と頬をつつけば「…何してるんですか」と降谷ちゃんから睨まれてしまい両手をあげて降参のポーズ。

「つっても、この状態で夜から一人ってのは心配だよなぁ」と零れ落ちたのはこれからのこと。いくら彼女が不安を吐き出せたからと言って、じゃあ一人暮らしの家に帰っても平気だよね!とはならない。というかしない。するはずが無い。鴨がネギ背負って鍋の前に立ってるようなもんだ。

「いくら友人とは言え、僕らの家に寝泊まりさせる訳にもいきませんしね」と悩ましげな顔をした降谷ちゃんを見て、ピコンと思いついてしまった。「それだよ!」「はい?」「俺らの家に寝泊まりさせるってやつ!」「…は?」と飛んできた低い声に思わず苦笑いが零れた。

安室さんはどこ行ったんだよ。今の完全に降谷ちゃんじゃねーか、と思いながらポケットからスマホを取り出して、ある人の連絡先をタップする。「俺たちの家に寝泊まりさせる上で男しかいないことが問題なんだろ?それなら俺の家で寝泊まりすれば全部解決すんじゃん」と降谷ちゃんに向かってパチリとウインクをすれば「……なるほど。そういう事ですか」と俺のやろうとしていることを理解した降谷ちゃんは肩を竦めて笑った。
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