それはそれ、これはこれ

「や、」と手を上げてへらりと笑った彼に、これでもかと言うほどに目を見開いて「その怪我……ッまさか、」と私は泣きそうになって顔を歪めた。「うん。君のおかげで、この程度で済んだんだ。本当に、ありがとう」と微笑んだ彼に「よ、よかっ…よかったぁぁ…っ、」と涙が出た。

顔や首などの目に見える場所に細かい小さな傷はあるけれど、あの人同じ笑顔で目の前に立っている彼の姿を見て、ぽろぽろと安堵の涙が溢れ出す。「よかっ、よかった…っ、よかった、」と溢れる涙を拭っていれば「…うん。おれも、よかった。本当に、生きて、また君に会えて…本当に、ありがとう」と微かに声を震わせた彼が私の頭をそっと撫でる。

彼と別れてから数日後、ニュースで報じられたマンションの上層階で起きた大規模な爆発。死傷者とだけ報じられて名前は公表されていなかったこともあって不安で堪らなかった。私が夢で見たのがこの事件だったらどうしよう、彼が巻き込まれてたらどうしよう。

顔を見て、会話をして、優しく笑う彼を知ってしまったが故に、私は彼の死を恐れていた。余計のことをしたのでは無いか、彼に不要な心労をかけたのでは無いかと、ずっと思っていた。「ごめんなさい、よけいなこと…っ、わたし、ッでも、ほんとにぶじで…っ、」と溢れる涙を必死に拭う。

「余計なことなんかじゃないよ。本当に、君があの日、俺に教えてくれたから。だから俺は、死なずに済んだ。君は、俺の命の恩人だよ。本当にありがとう」と優しく笑った彼が私の頬を伝う涙をそっと親指で拭う。安心で止まらなくなってしまった涙に、彼は困ったように笑って私の頭を撫でてくれた。

ひとしきり泣いて、ぐすぐすと鼻を鳴らす私の顔を覗き込むように屈んだ彼が「大丈夫?」と首を傾げる。こくりと頷いて「ごめんなさい、」と謝った声が酷い鼻声になっていて恥ずかしくなる。化粧もきっとぼろぼろで、今の私は見るに堪えないだろうと両手で顔を覆って「……ごめんなさい」と再び謝った。

そんな私の顔を隠すように頭の上から彼の上着がかけられて「こっち、」と手を引かれる。連れてこられたカラオケの個室で「ここでなら人目を気にせずにゆっくりできるっしょ」と優しく笑った彼に驚きでぱちぱちと目を瞬かせる。

「あ、りがとう、ございます」とお礼を言えば「それ、俺のセリフな」と肩を竦めた彼が笑うから「それはそれ、これはこれ、です」と返してハンカチで涙を拭う。「……ぷっ、あっははは!ほんと、君面白いよね」と吹き出して笑いだした彼にきょとりと首を傾げれば「ほんと、あの日君に会えて、よかった」と柔らかく微笑んだ彼と目が合って思わず視線を逸らした。
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