(Side:萩原)
香澄ちゃんが、撃たれた。突然走り出して降谷ちゃんを突き飛ばしたと思った瞬間、鳴り響いた破裂音。全員が、一瞬動きを止めてしまった。香澄ちゃんの華奢な体が、ゆっくりと倒れて、赤が溢れ出す。犯人はすぐに取り押さえられて降谷ちゃんを仕留め損なったと喚いていた。
「香澄!おい、頼む、目を開けてくれ!」と叫ぶ降谷ちゃんの元へ駆け寄って香澄ちゃんの傷口に上着を押し当てる。すぐに真っ赤に染まった上着を見て最悪のことを考えてしまい、頭を振る。止めろ、考えるな。「降谷ちゃん!!香澄ちゃんに声掛け続けろよ!!」と叫んだ俺も相当余裕が無かった。
病院に運ばれた香澄ちゃんは、手術は成功したけれど体に麻痺が残る可能性が高いと言われた。歩行を含む、日常生活に影響が出る可能性が高いそうだ。目が覚めないことには、何とも言えないと病室を出て行った医者を見送って「チッ…!クソが…!」と松田が壁に拳を打ち付ける。
「僕のせいだ」と静かに呟いた降谷ちゃんに「ゼロのせいじゃないだろ…!」と諸伏ちゃんが声を上げる。「悪いのは犯人だけだ。香澄ちゃんも、あの坊主にそう言ってただろ」と班長が降谷ちゃんの背中をバシリと叩く。そう、誰も悪くないんだ。誰も悪くないから、怒りをぶつける先が無くて、己の不甲斐なさを悔やむことしかできない。
青白い顔で眠り続ける香澄ちゃんの手をぎゅっと握って額に押し当てる。「みんな、待ってるよ」と早く目覚めることを祈る俺たちを嘲笑うように、香澄ちゃんはひたすらに眠り続けた。一ヶ月が経って、二ヶ月、三ヶ月が過ぎた。時間を見つけては病室に顔を出して、時間の許す限り居続けた。
それは俺だけじゃなく、アイツらも同じだった。花瓶の花を変えてみたり、窓を開けて換気をしてみたり、香澄ちゃんが好きだと言っていたスイーツを買ってきてみたり。手を握って、話しかけて、頬を撫でて。どれだけ待っても、香澄ちゃんは起きてくれなかった。
もう目が覚めてもおかしくない、と医者は言っていた。「起きたくない理由でも、あるのかな」と呟いた俺に「さぁな」と松田が返してくる。松田も眠りが浅いようで、日に日に目の下のクマが濃くなっていく。まあ、俺も人の事言えないんだけどね。中でも一番酷いのは降谷ちゃんだった。
「多分、考えないようにしてるんだと思う」と苦しそうに諸伏ちゃんが呟いていた通り、寝る間も惜しんで仕事に没頭する姿は見ていて痛々しかった。時折病室にやって来ては、泣きそうな顔をして祈るように手を握り締めて帰っていく。でも、その気持ちも分からんでもなかった。
そんな時、諸伏ちゃんが「……俺たちの、せいなのかな」とぽつりと零した。「どういう意味だよ」と怪訝な顔をした松田に「俺たち、全員香澄ちゃんに命を救われたよな。もし、もしそれが、本当は救っちゃいけなかったとしたら…?」と諸伏ちゃんが震える両手で口元を覆う。
「な、んだよそれ…じゃあ、何か?俺らが死ななかった代わりに、香澄が死にかけてるってことかよ…!」と松田が諸伏ちゃんの胸ぐらを掴む。「ッおい松田!止めろ!可能性の話をしているだけだ!誰もそんなこと言ってないだろ!」と降谷ちゃんが慌てて松田の手を掴んで引き離す。
俺だって、そんなはず無いと否定してしまいたかった。けれど「俺も、それ、考えてたんだよ」と頭を抱えた。くしゃりと前髪を握り締めて「自分のせいだって、思いたいだけかもな」と自嘲する。俺の言葉に、思うところがあったのか、全員が唇を噛み締めて俯いた。
「ねえ、香澄ちゃん。起きたくない理由があるなら、教えてよ。また、笑ってよ。お願い、おきて、香澄ちゃん…っ、」と香澄ちゃんの手を握り締める。あの日から何度も何度もこうして手を握り締めているけれど、握り返されたことは一度も無い。
「おいコラ、寝坊助。さっさと起きろ。何が、そんなに嫌なんだよ。助けてやるって、言っただろうが…!なぁ、香澄…!」と松田が香澄ちゃんの頭にそっと手を当てる。「まだ、ちゃんとお礼が出来てないんだ。君に、まだ伝えたいことが沢山あるんだ。お願い、香澄ちゃん。おきて、」と諸伏ちゃんが反対の手を握り締めて、俺と同じように祈るようにその手を額に押し当てる。
「コイツらが死ぬ運命だったなんて、僕は認めてない。そんな、あって無いような運命を捻じ曲げたくらいで君が連れて行かれるなんて、絶対に御免だ。頼む…っ、たのむから、目を、開けてくれ…っ、香澄、」と降谷ちゃんが両手で顔を覆う。立ち上がる気力も無い様子で肩を震わせる降谷ちゃんの姿は初めて見た。
でもそれは、降谷ちゃんに限った話じゃない。松田も諸伏ちゃんも、俺も。今日は来てないけれど、班長だって同じだ。全員が、早く目覚めて欲しいと、心から願っていた。祈り続ける俺たちを、神様はどんな目で、どんな顔で見ていたんだろう。
俺にもし、神様が見えるんだとしたらぶん殴ってると思う。願いの一つも叶えてくれない神様なんて、神様じゃない。そんな罰当たりなことを考えたからだろうか。香澄ちゃんは、その後もひたすらに眠り続けて半年が過ぎた。