余裕が無かった、と言ってしまえばそれまでだった。夜な夜な一人でリハビリもどきを繰り返しても、日中のリハビリをどれだけ頑張っても、私の足は思い通りに動いてくれなかった。焦りと、不安。どうして、なんで、と頭の中で何度も自問自答した。
悔しくて、苦しくて、夜中に一人で涙を流して、それでも負けたくなくて。そんな中、やって来た降谷さんが「君が何と言おうと、あの日の出来事は、僕が発端だ。本当に、すまなかった」と頭を下げた。降谷さんの性格は分かってた。きっとこう言うんだろうなって、想像もしていた。
だから、そんな降谷さんに何度だって貴方のせいじゃないって伝えようと思ってた。お互い様だって。二人とももっと気をつけなきゃいけなかったねって。笑って、言おうと思ってた。本当に、本気で、そう思ってた。降谷さんの言葉に他意は無い。それなのに、考えるよりも先に言葉が溢れ出した。
「わたしが、降谷さんを庇ったのは、間違いでしたか?」と震えた私の声が病室に響く。「な、にを…」と言葉に詰まった降谷さんに再び口を開く。
「なんで、ぜんぶ一人で持っていこうとするんですか…!なんで、一緒に立たせてくれないの、なんで…ッ、私が歩けなくなったから!?わたしが…ッ、わたしがあの日降谷さんを庇わなきゃ良かった!?そしたら、降谷さんが全部悪いなんて、言わないですよね…!?」と泣きながら叫ぶ私に降谷さんは驚いたように目を見開いてから慌てて駆け寄って来る。
「違う、そうじゃない…!待て、話を…」と私の手を握ろうとした降谷さんの手を、私は払い除けた。パシリと叩き落とされた自分の手を見て降谷さんが呆然とする。「〜〜ッ助けない方が良かったって、思わせないで…!なんで、なんで…ッ、わたしが降谷さんを庇ったのが間違いだったら、なんで私は今こうなってるの!?なんで歩けないの!?なんで…っなんで、降谷さんたちの隣に立って、一緒に歩けないの!?」と叫ぶ私に降谷さんは何も言わない。
「かえって、もうこないで、…ッこれいじょう、みじめにさせないで」と泣きながら、初めて降谷さんを突っぱねた。ハッとしたような顔で「待ってくれ、違うんだ。話を聞いてくれ、」と再び私に手を伸ばした降谷さんに「帰って!!!」と枕を投げ付けた。
その声が外まで響いていたようで「香澄ちゃん?何かあった…って、降谷ちゃん?え、何…?どういう状況?」と恐る恐る顔を覗かせた萩原さんが困ったように眉を下げる。私と萩原さんを交互に見てから「香澄さん、」と私の名前を呼んだ降谷さんに「帰ってください。今日は、もう、話したくないです」と静かに告げる。
喉が痛い。頭も痛い。どうして、こんなに、心が痛いの。ぽた、ぽた、と静かに落ちる涙をそのままに、下を向いた。降谷さんの顔は見えない。何をしているのか、どんな顔をしているのか。今は、見たくなかった。「すまない。また、来る」と小さな声が聞こえてすぐ側にいた降谷さんの気配が遠くなる。
余裕が無かったと言ってしまえば、それまでだ。降谷さんが言いたかったのは、そんなことじゃない。きっと、降谷さんの仕事に関わる何かに巻き込まれたんだと、想像はしていた。だけど、それは降谷さんのせいじゃない。どんな理由があったって、悪いのは悪い事をした人たちだけだ。
我々に非があるとしても、それは微々たる物で、どちらかが悪いなんてことは絶対に無い。だから、私はあの日、降谷さんにそう伝えたのに。まるで、隣に立つことを、一緒に歩くことを、拒絶されたように感じてしまった。悪いのは全部自分で、貴方は関係ない、と。そう言われているような気がしてしまった。
私が歩けないから?弱いから?そう思ったら、言葉が、思いが、溢れて止まらなかった。ショックを受けたような、悲しそうな降谷さんの顔が頭から離れない。払い除けた手も、投げ付けてしまった枕も、どうしてあんな事をしてしまったんだろうと後悔だけが膨れ上がった。
「ひどいこと、いっちゃった」と溢れる涙を両手でぐしぐしと拭っていれば「…仲直りしたらいいよ。大丈夫。降谷ちゃんも、香澄ちゃんと同じように酷いこと言っちゃったって思ってるよ」といつの間にか病室の中に入ってきていた萩原さんが私の頭を撫でる。
それから目元を拭っていた両手を掴んで「焦らなくていいよ。ゆっくりで大丈夫。ね?大丈夫だよ」と顔を覗き込むようにしてふわりと笑った萩原さんのせいで、涙が溢れてくる。「ぅぅ〜〜」と唸りながら涙を流す私を優しく抱き締めた萩原さんが「香澄ちゃんの涙腺は、まだまだお仕事おサボりしてんなぁ」と笑いながら背中をとんとん、と撫でてくれる。大丈夫。その言葉が、私を一人で立たせてくれる気がした。