「香澄ちゃん、これおすそ分け」と諸伏さんが持ってきてくれた料理が冷蔵庫に常備されるようになって、かなりの期間が経った。最初こそ遠慮していたものの今では「この間のゴボウのやつ、美味しかったです」なんて、リクエストまでする始末だ。
「次の休みに日用品買い溜めに行くんだけど、香澄ちゃん一緒に行く?」と有難いお誘いを受けて、しっかり車を出してもらった挙句に荷物運びから何から全てやってくれる諸伏さんによって、私の生活は着々と快適になっていた。
「ありがとうございます」とお礼を言って少しばかりの休憩を、と紅茶を淹れる。「わ、やった。俺、香澄ちゃんの淹れてくれる紅茶大好きなんだよね」と嬉しそうに紅茶を飲む姿に「諸伏さんが好きって言ってくれたから、実は上手に淹れれるように練習したんですよ」と釣られてクスクス笑ってしまう。
向かいに腰掛けて自分の分の紅茶を飲んでふぅ、と息を吐く。うん、上手に淹れれた。美味しい。自分でも上出来と思える紅茶にふわりと笑みを零せば、ふと視線を感じる。ちらりと諸伏さんに目を向ければ優しい顔で微笑んでいて、思わずきゅっと喉が詰まった。
「けほっ、」と咳き込んだ私に「大丈夫!?」と慌てたように席を立って隣にしゃがみ込んだ諸伏さんが背中を撫でる。「けほっ、ごめんなさい。だいじょうぶです、」と謝れば「変なとこ入っちゃった?」と困ったように眉を下げるから「あ、はは…そうみたいです」と苦笑いで返す。
まさか、諸伏さんの顔を見てドキドキして噎せました、なんて言える訳がなかった。ここ最近、諸伏さんから向けられる視線がやけに熱を帯びていることには気付いていた。どろりと甘さを孕んだ視線に見つめられる度に、私の胸も高鳴った。
美味しいご飯で胃袋を捕まれた上に、日々の生活に諸伏さんの存在が欠かせなくなっている私に、その視線は毒も同然だった。くらくらするような視線から逃げるように目を逸らしてきたけれどこうも真っ直ぐ見つめられたら逃げられない。
先程まで座っていた席に戻って紅茶のカップを傾ける諸伏さんに「いつも、本当にありがとうございます」と改めてお礼を言えば「俺がやりたくてやってることだから。でも、それが結果的に香澄ちゃんの助けになってるなら、嬉しいよ」とふんわり微笑んでくれる。
「このままじゃ、諸伏さん無しじゃ生きていけなくなっちゃいそうです」と肩を竦めて冗談めかして言った私を見て諸伏さんが目を見開く。それから、またあのどろりとした甘さを孕んだ目で微笑んで「そうなったらいいなって思ってた…って言ったら、どうする? 」と首を傾げる。
今度は私が驚きで目を見開く番だった。「どう、する…って、さすがだなぁ…って、思いますけど…」とたどたどしく返せば「ふはっ、なんだよそれ」と楽しそうに笑ってくれる。「なんか、作戦勝ちって言うか…駆け引き上手そうな、感じ?」と首を傾げながら呟けば「う〜ん…半分正解って感じかな」と諸伏さんがくすっと笑う。
「半分?」と首を傾げた私に「そう、半分」と諸伏さんが微笑んで「香澄ちゃんの胃袋掴もうと思って料理を作ってたのは作戦。ちょっとずつ生活の中に俺の存在が紛れ込んだらいいなって思ってたのも作戦」と片肘をついて手のひらに顎を載せた諸伏さんが楽しそうに笑う。
「でも、香澄ちゃん相手の駆け引きはあんまり得意じゃないから、駆け引き無しにしようかな…と思ってるんだ」と諸伏さんはカップを置いて両肘をつき、両手の指を絡めると、その指の背に顎をちょこんと乗せた。
「駆け引き、無し…ですか、」と同じ言葉を繰り返せば「うん。俺、香澄ちゃんのことが好きなんだけど、どうしたら俺のこと好きになってくれるかな?」と告白が飛んでくる。まさに青天の霹靂。一体どこに告白に至る要素があったのだろう。
ぽかん、と口を開けたまま固まった私を見てくつくつと喉を鳴らして諸伏さんが笑うから、じわじわと顔が熱くなってくる。「どうしたら、って…それ、わたしに、言わせるんですか…」と俯きながら答えれば「え〜?だって香澄ちゃんの好きなタイプとか分かんないし、聞いちゃった方が早いかなって」と無邪気に笑って返される。
それは確かにそうかもしれませんけれども…!と抗議の声を何とか飲み込んで、ぎゅうっと膝の上で両手を握り締める。「優しい人は、すき、です」と呟けば「後は?」と聞かれる。「料理が、上手な人も…すき、」「へえ…後は?」「わたしのこと、大事にしてくれる人が、いいです」「そっか。じゃあ、俺のこと、好き?」 こ、こんなの誘導尋問じゃないか!と顔がどんどん熱くなる。
一体、何の羞恥プレイなんだ。諸伏さんの目の前で、あなたのここが好きだと白状しているようなものじゃないか。「ぅ…っ、」と言葉に詰まれば「ねえ、教えて?俺は、香澄ちゃんのこと、大好きだよ」と優しく笑った諸伏さんがゆっくり立ち上がる。
ぺた、ぺた、とスリッパの音が響いて、すぐ隣で止まった。すっと私の隣にしゃがみ込んだ諸伏さんが、膝を着いて私の手に自分の手を重ねる。「香澄ちゃん、」と名前を呼ばれてそうっと視線を向ければ、どろりと今までよりもずっと重たい甘さを孕んだ瞳が私を見つめる。
「…っす、きです、わたしも、諸伏さんがすき、」と熱に当てられて想いが溢れた。するりと指が絡まって、諸伏さんの大きな手にぎゅうっと包み込まれる。指が、手が、全身が沸騰するように熱くて、じわりと涙が滲む。
もう片方の手で私の頬を撫でた諸伏さんは、そのまま親指で目の下をするすると撫でる。「泣いちゃうくらい、好き?」と悪戯っ子のように笑った諸伏さんの目にも薄らと涙が見えて「お互い様じゃないですか」なんて可愛くない返事をして手を伸ばした。