「小さい頃に、母が浮気して出て行きました。相手は一回り?もっとかな、結構歳下で仕事もしてない所謂顔だけ男ですね」と言えば皆の眉間に皺が寄る。「その男に貢ぐために生活費を切り崩してたことが発覚して父は激怒しました」
今思えばそりゃそうだよなぁ…と苦笑いが零れる。世間体を気にする母は、私の身なりや持ち物には十分に注意を払った。けれど、そのせいで自分の元に金が来ないと気付いた浮気相手の男は、怒りの矛先を私に向けた。
「子供ながらに思いましたね。ヤベー男だなって」と肩を竦めて笑うけれど、笑っているのは私だけだった。幼い私は、それでも母が大事だった。怒られないように、嫌われないように。一生懸命平気なフリをしたけれど、それが余計に浮気相手の男の気を逆なでしたらしい。
「さすがに大っぴらに暴力を受けたりはしてないですけど、ぶつかっちゃった〜とか言って突き飛ばされたりは日常茶飯事でしたよ」と笑いながら話す。この話をすると、皆怪訝な顔するからあんまり話さないんだけどなぁ…と苦笑いを零しながら話を続ける。
そういう事が何度か続いて、ようやく父が異変に気付いた。問いただされて正直に全てを話した結果、待っていたのは父と母の大喧嘩。父の顔の良さに惚れて交際していたが、私が出来てしまったため仕方なく結婚。
母は自分の自由を奪った私を疎ましく思い、父は不器用なりにお金を稼ごうと仕事に精を出した。結果的に二人はすれ違い、母は浮気に走った。まあ、詰まるところ私が全ての原因だった、ということだ。
「母は出て行ってそれっきり。父とは、年に一回連絡を取るかどうかくらいです。お金は私名義の通帳に振り込んでくれてるみたいですけど、見た事もないし手も付けたことないです」とへらりと笑ってアイスティーを口に含む。
「それが、原因なの?」と恐る恐る聞いてくる萩原さんに「原因の一つ、ですね。まあこれがきっかけで若干、人間不信みたいなとこはあったんですけど、中学高校と、それぞれ一悶着ありまして…」と続ければ全員の目が見開かれる。
まだあんのかって?そりゃありますよ。中学の時、ある日突然、母の浮気の件が噂になってあることない事を吹聴された。私も男好きだとか、他校に複数恋人がいるとか。噂を流したのは同級生の女の子。
どうやら彼女の好きな先輩が私を好きだったらしく、嫉妬からくる嫌がらせだったらしい。高校に入ると中学の一件が仇となり、興味半分で声をかけてくる男たちが増えた。罰ゲームの告白だの、何日で落とせるかゲームだの、ろくでもないものばかり。
男子生徒から向けられる目も、女子生徒から向けられる目も、何もかもが不愉快で、わざわざ地元から離れてこっちまで来た。「本気で嫌がると空気読めない奴になっちゃうし、ふざけ半分でやだ〜って言ってる方がウケがいいんですよ。それに、大声出したり思ってること素直に口にしてる方がストレス発散になることも分かったし結果的には一石二鳥です」とけらけら笑ってチーズケーキに手を伸ばす。
別に可哀想な子だと思って欲しい訳じゃないし、気を使って欲しい訳でもない。イケメン云々の前に人間が嫌いで、その中でもいい思い出が無いのがイケメン、と言うだけだ。
「ね?なんの面白みもないでしょ?しょうもない昔話のご清聴ありがとうございました」と頭を下げるけれど全員の反応がすこぶる悪い。いや、あの、そんなマジになられても。
「謝ったりしないで下さいね。そりゃ最初はマジで鬱陶しいと思ってましたけど、今は別に、ちゃんと友達?だと思ってるし、嫌とかそういうのじゃないんで」と先手を打つ。だってこの人たち今にも謝りそうな顔してる。
「過去は過去です。過程がどうあれ、結果的に丸く収まってるならそれでいいんですよ。現に、私のリアクションを面白がったどっかの誰かさんたちがいたからこそ、こうして今がある訳だし…それが嫌とかじゃないから、何だっていいんです」と片肘を付いて、手のひらにぽす、と顎を乗せる。
何だか恥ずかしいことを言ってる気がしてきた。あんだけ嫌だのなんだの文句を言ってたくせに、しっかり絆されてあなた達にはとっくに気を許してますよと宣言しているようなものだ。クソ、嵌められた気分だ。苦虫を噛み潰したような顔でずず、とアイスティーを啜った私はふい、とそっぽを向いた。