「何だこれ…?」とポストから取り出したのは消印の無い封筒。薄い赤色の封筒には、ほんの少し右上がりな綺麗な文字で『諸伏 景光 様』と書かれていた。思わず辺りを見回して足早に玄関の扉をくぐる。
このセーフハウスの持ち主は表向き別人になっているはず。それなのに、どうして諸伏宛の手紙が届いたのか。それも、消印の無い手紙が。仮にこの部屋に住んでいるのが諸伏であるとバレているのだとしたら、それはもうイタズラでは済まされない。
ぞわりと鳥肌が立って、震える手で封を開けた。中に入っていたのは封筒と同じ、薄い赤色の便箋。封筒に書かれていた文字と同じ文字で『諸伏 景光 様』と書かれた便箋には、信じられない内容が綴られていた。
『突然、こんな手紙が届いて驚いていることと思います。驚かせてしまって本当にごめんなさい。
どうしてもあなたに伝えたいことがあってこの手紙を書いています。どうか、気味が悪いと思わずに最後まで読んでください。
この手紙は、あなたがいる時代よりも少し先の未来で書かれたものです。
私の生きる時代にあなたはいません。3年前にあなたは亡くなってしまったから。』
「…は、」と声にならない音が口から零れた。理解することを拒んだ頭が諸伏の思考を停止させる。「どう、いうことだ…?」とほんの少し視線を泳がせてから、綴られた文字に再び視線を落とす。
『7年前に萩原さんが亡くなりました。そして、その4年後に萩原さんの敵を討つために松田さんも亡くなりました。』
突然出てきた旧友たちの名前にヒュッと息を飲んだ。まさか、彼らのことも巻き込んでしまったのだろうか。カチカチと歯が音を立てて、呼吸が浅くなる。
『彼らがいなくなって、あなたもいなくなった。そんな未来が、そんな時代が、私は耐えられなかった。
どうにかして、あなたに生きていて欲しい。死なないで欲しい。あなたに、笑っていて欲しい。
そして、あの人を一人にしないであげて欲しい。だから、この手紙を書いています。
この先には、あなたが亡くなった原因の全てを記します。
あなたが生きる未来を、あなたの手で、守ってください。』
書かれた文字は所々滲んでいて、送り主が書きながら涙を流していたことが分かった。確かに、萩原と松田が命の危機とも言える事件に巻き込まれたことがあった。この手紙の送り主がいる世界では、萩原も松田も、そして諸伏も命を落とすと言うことだろうか。
「そんな、バカげた話…」と手紙を捨てようとして、思い留まる。それなら、この手紙は何故この部屋に届いたのか。どれだけ非現実的であったとしても、どれだけ馬鹿げていても、知るはずのない事を、この手紙の送り主が知っていることは確かだった。
二枚目の便箋には、諸伏の正体がバレてしまい組織の人間に追われること、そしてその後にビルの屋上で起こる出来事が詳細に記されていた。一般人が知るはずもない言葉、状況、そしてほんの一握りの人間しか知り得ないはずの情報。
まるで、よく出来た物語を読んでいるようだった。そして、手紙の最後には、こう書かれていた。
『萩原さんにも、松田さんにも、手紙は届かなかった。きっとあなたにも同じように届かないでしょう。
奇跡は起こらないと分かっています。それでも、奇跡が起こってくれたらと、願いながらこの手紙を書いています。
もしも奇跡が起こるのなら。もしも、あなたにこの手紙が届くのなら。
どうかあなたが死なない未来を、あなたが生きる時代を、作れるのなら。
万が一、億が一にも奇跡が起きたらと思ったら、この手紙を書かずにはいられませんでした。
驚かせてしまってごめんなさい。怖がらせてしまってごめんなさい。困らせてしまってごめんなさい。
あなたの大事な友人である二人は救えなかったけれど、この先のあなたの未来が幸せで満ちていることを、心から願っています。』
最後まで、送り主の名前は無かった。けれど、涙で滲んだ文字が、微かに震える文字が、送り主がこの手紙にどれほどの気持ちを込めていたのかは伝わった。こんな信ぴょう性の欠片も無いものを信じるなんて…と思う自分と、もしこの話が本当だったら…と思う自分がせめぎ合う。
「でも、これが本当なら、俺は死ぬ…ってこと、だよな…?」と目を閉じた諸伏は祈るように額に手紙を押し当てる。手紙の送り主が書いていたあの人を一人しないで欲しい、というのは恐らく降谷のことだろう。
諸伏が命を落とせば、あの危険な場所で降谷は一人で戦うことになる。「なぁ、ゼロ…俺、どうしたらいい…?」とずるずると扉に背中を預けたまま座り込む。バカバカしいと、破り捨ててしまえばいいだけのソレを、諸伏は捨てることが出来なかった。