(Side:萩原)
「私、警察辞めようと思って」と笑った香澄ちゃんに俺たちは言葉を失った。「いや、ほら、今からリハビリしてあれこれしてたらあっという間に30半ばとかになっちゃうし…もう若くないからさぁ」と苦笑いをしながら諸伏ちゃんが剥いてくれたリンゴをしゃくしゃくと食べる香澄ちゃんは、ケロッとしていた。
「それに、そろそろ結婚とか考えないといけないからさぁ。知ってる?女の警察ってウケ悪いらしいよ」とケラケラ笑った香澄ちゃんに「ぜってーそれが本音だろ」「そっちの方がメインだろ」と松田と降谷ちゃんからツッコミが飛ぶ。
「あはは!バレた?」と肩を竦めておどけて見せた香澄ちゃんが、スッと目を伏せて優しく笑う。「それに…みんな、助かってるし、もうやる事やったかな〜って思ってさ」と笑った香澄ちゃんに違和感を覚えた。
「香澄ちゃん、それ…っ、どういう意味?」と思わず香澄ちゃんの手をぎゅっと握れば、ビクリと肩を揺らしてから露骨に視線を彷徨わせる。やっちまった、と言わんばかりの顔に何かあると確信したのは俺だけじゃない。
「何か言いたそうな顔してるじゃねぇか」と悪い顔で笑った伊達が香澄ちゃんの頭をぽんと叩く。「こういうのは素直に吐いた方が楽になるんだよ」とニッコリ笑った諸伏ちゃんも同様に逃がさないと言わんばかりの目。
「あー…いや、これはほら、言葉の綾って言うかさ…」と逃げようとする香澄ちゃんの手を掴んで「だぁめ。逃がさないよ」と見つめれば、きゅっと眉間に皺が寄った。「ほら、さっさとゲロっちまえよ」と笑った松田を見て「ぐ、ぬぬ…」と唸った香澄ちゃんが観念したようにため息を吐く。
それからゆっくりと深呼吸をしてから「夢なのか、現実なのか分かんないんだけど、強くてニューゲーム…みたいなこと、してて…」と話し出した香澄ちゃんに全員が首を傾げる。
「強くてニューゲーム?何だそれ」と不思議そうな顔をした降谷ちゃんに「ゲームとかで途中で敵に負けてゲームオーバーになった時に、その時点でのレベルとかスキルとかを引き継いだままコンティニューするから負ければ負けるほど強くなる…って、やつ…」と説明をしながら、途中で違和感に気付く。
ハッと顔を上げれば同じように全員が目を見開いていて、ぞくりと鳥肌が立った。「もしかして、俺たちの代わりに死んでた…とか?」と恐る恐る尋ねれば「な、んでそれ…」と香澄ちゃんの目がこれでもかと言うほどに丸くなる。
「俺たち、香澄ちゃんが死んだ後、何でか分からないけど過去に戻ってたんだよ…!」と話し始めた諸伏ちゃんの説明を聞いて香澄ちゃんが目を瞬かせる。「だから、みんな…生きてるんだ…」と安心したように笑った香澄ちゃんが「よかった」と頬を緩める。
香澄ちゃんは、自分の死なんて一ミリも気にしていなかった。ただ、俺たちを救えてよかった、と。結果的にみんな生きてるなら細かいことは気にしなくていい、と。涙を浮かべながら「わたし、皆がここにいることが、何より嬉しいから」と笑う香澄ちゃんに全員が、目を奪われた。
答え合わせはしなかった。確かに気になることは沢山あったけれど、香澄ちゃんが言った通り『全員が生きてここにいる』という事実が何よりの幸せの証明だった。誰も間違ってなんかないし、だからと言って正解とも限らない。俺らにとっての正解は『全員が生きてここにいる』ということ、ただ一つだから。