名前を呼び続けてくれていたのは

花畑のど真ん中でしばらくぼんやりとしていたけれど、ふと我に返る。「このまま、ここにいていいのかな」と立ち上がって辺りを見回す。ふわりと吹いてきた暖かい風に足を向けようとして、ぴたりと止まる。

違う気がする、と本能が告げて踵を返す。歩けば歩くほど風は冷たくなって、足が重くなる。けれど、微かに見える光から私を呼ぶ声が聞こえる。ぶわりと冷たい風に巻き上げられて目を閉じる。

次に目を開けると、真っ白な天井とナース服を着た女性と目が合った。驚いた顔で私を見る女性に声をかけようとしたけれど、声が出ない。けほけほと咳き込んで、あれよあれよと言う間に病室が賑やかになる。

医師からは奇跡だと喜ばれ、何が何だか分からないままドッと押し寄せる疲れから逃げるようにベッドに体を預ける。あの日、降谷と男の間に飛び出してから驚くことに1年が経ったらしい。

腕も足も細くなってしまって、これじゃあ機動隊への復帰は夢のまた夢だなと苦笑いを零す。けれど、私が救いたかったものは、きっと救えた。晴れやかな気持ちで窓の外を眺めていれば、病室の外がドタバタと騒がしくなる。

「走らないでください!」と怒る声が聞こえて、こんな迷惑な奴は一体どこの誰だと思っていれば病室の扉が勢いよく開く。迷惑な奴は見知った顔の同期たちだったようで「……病院内ではお静かに」と苦言を呈した私を見て、彼らはぶわりと涙を流した。

「え゛ッ」と声を上げた私に真っ先に駆け寄ってきたのは降谷で思い切り額を指で弾かれて「い゛ッたぁ…!?」と目を閉じる。何するんだと抗議の声を上げようとしたけれど、降谷の震える腕に抱き締められて言葉を飲み込んだ。

「こ…んッのバカ…!お前、ふざけるなよ…!僕が…ッ僕がどれだけ心配したと思ってるんだ…!」と肩口に額を押し付けてぎゅうぎゅうと抱き締めてくる降谷の泣き声に「ご、ごめん…」と小さな声で謝る。

「そんな謝罪一つで許す訳ないだろ…!何なんだよ、お前…ッ、バカだろ!」と子供のような文句に「え、えぇ…」と戸惑ったように声を漏らして降谷の背中に手を回す。「心配かけたのは、ごめん。ちゃんと生きてるから、ゆるして」と苦笑いをしながらあやす様に背中をとんとんと叩いてやれば、ずずっと鼻を啜りながら体を離した降谷が「絶対ゆるさない」と不貞腐れる。

そんな降谷に「あ、はは…」と引き攣った笑顔を返していれば、今度は泣きそうな顔の諸伏がふんわりと私を抱き締める。「ほんとに、心配したんだよ」と震える声に「…うん。ごめん」と返せば、抱き締める腕の力が強まって「ごめんで済んだらK察はいらないでしょ」とまたしても子供夜のような文句が飛んで来る。

「そ…うだねぇ、」と笑いながら諸伏の背中をとんとんと撫でてやれば、降谷と同じようにずずっと鼻を啜りながら体を離した諸伏が「いきてて、よかった」とくしゃりと顔を歪めた。そんな諸伏の隣に立っていた伊達に視線を移せば「心配、かけんじゃねぇよ。このバカ」と頭を小突いた伊達がぎゅっと私を抱き締める。

「…ごめん。ちょっと、無茶した」と伊達の背中に腕を回してぽんぽんと叩けば「あれのどこがちょっとだ。お前は無茶しすぎなんだよ」と体を離した伊達が泣きそうな顔で笑う。それから「本当に、お前が生きててくれて良かった」と頬を緩めるから釣られるようにへにゃりと笑った。

そして、扉の前で固まったままの萩原と松田に視線を向けて「おはよ」と手を振れば、弾かれたように二人が駆け出して、がばりと抱き締められる。「うっ…ぐ、くるしいって、ちょ、ふたりはきびしい…っ、」と二人の背中をバシバシ叩いてギブアップをアピールするけれど、二人が顔を埋めていた肩口がじわじわと物凄い勢いで湿っていく。

「……心配、かけてごめん。来てくれてありがとう」と二人の背中をゆっくりと撫でる。「〜〜ッほんッとだよ!バカ野郎!俺らが、どんな思いで…ッ!クッソ…!」と苛立ったような声で私に怒る松田に対して「このまま、起きなかったらどうしようって…っ、ほんと、心配したんだからね…!」と悲痛な声で萩原が訴えてくる。

「何でもかんでもテメェ一人でやろうとすんじゃねぇよ!」「毎回それを見てるだけの俺たちの気持ちも考えて…!」と耳元でぎゃんぎゃんと文句を言う二人に苦笑いを零しながら「ん、ごめんって。もうしない」と二人に頬を擦り寄せる。

途端に静かになってぐりぐりと頭を押し付けてくる二人に犬みたいだな、と思いながらも甘んじて受け入れる。「ふ…っふふっ、あははっ!いきてて、よかった」と声を上げて笑った私に釣られるように皆も笑う。

きっと、ずっと名前を呼び続けてくれていたのは皆だった。私が帰って来れたのは皆のお陰だ。
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