「おかあさんがねえ、けんちゃんたちとあそぶのおしまいっていうの…」としょんぼりと眉を下げた幼女にぞわりと嫌な予感がして「香澄ちゃん、お母さんに何て言われたのか、俺に教えてくれる?」と萩原は首を傾げた。
「んっとねぇ、おじさんがね、けんちゃんたちとあそんじゃだめっていってね、おかあさんがね、もうおしまいよっていったの」と説明をしてくれる幼女に松田が更に尋ねる。「そのおじさんってのは香澄の知ってる人か?」と首を傾げた松田に「んーん、ちがぁう」と幼女が首を横に振って、きゅうっと哀しそうな顔をする。
それから「けんちゃん、だっこぉ…」と手を伸ばしてくるから、違和感を覚えて小さな体を抱き上げる。首に回された腕に力が入って、全身で不安を伝えてくる幼女に萩原と松田は顔を見合わせた。
「香澄ちゃん、そのおじさん、嫌なの?」と背中を撫でながらゆっくりと尋ねればこくり、と幼女の首が縦に振られる。「何かされた?」と続けて質問をすれば「おかあさんと、おとうさん、つれてかれちゃう…」と幼女の声が泣きそうに震えて、少しするとぐすぐすと鼻を啜る音が聞こえてくる。
「おかあさんと、おとうさん、かすみちゃんのこと、きらいになっちゃったのかなぁ…」と涙を流す幼女を萩原はぎゅっと力一杯抱き締める。「そんなこと無いよ。お母さんも、お父さんも、香澄ちゃんのこと大好きだよ」と声をかけて、背中を撫でて、ゆらゆらと体を揺らす。
萩原の肩口は幼女の涙でぐっしょりと濡れており、小さな子供とは思えないような押し殺すような泣き声が松田と松田の胸を締め付ける。何があったのかは分からない。幼女の両親が何に首を突っ込んでいるのか、家の中で何が起きているのか、萩原たちには知りようが無いことだった。
笑顔で「いつもありがとうございます」と微笑んで送り出してくれた幼女の母は、その笑顔の裏に何を隠しているのか。泣き疲れて眠ってしまった幼女を抱えながら萩原は気付いてしまった違和感を口にする。
「…そういえばさ、香澄ちゃんが陣平ちゃんと会った後くらいから急激に俺たちと会う頻度、増えたよね?」と口にした萩原に松田も記憶を手繰り寄せる。萩原と出会ったのは、本当に偶然だった。
その後に松田と出会ったのも、偶然。けれど、それ以降は偶然ではない。「確かに、俺たちが香澄に会おうとしてたってのはあるが…それにしたって大事な娘を数回会った程度の男連中に預けるか?」と疑問を口にした松田はぞわりと背すじが粟立った。
「確かに、お礼をさせて欲しいとは言ったよ。俺たちが警察だってことも勿論伝えた。でもさ、それだけであんな手放しに信用できるものなのかな」と腕の中で眠る幼女の目元を撫でて萩原が眉間に皺を寄せる。
もしも、あの時既に例の団体との関わりがあったのだとしたら。萩原たちが幼女との交流を深める裏側で、例の団体と両親の関わりが深くなっていたとしたら。
「このまま、香澄ちゃんと会えなくなるのは、危険な気がする」と小さな声で呟いた萩原に「でも、どうするんだよ。俺らが何を言っても、コイツはまだ子供だ。親がダメだって言ってるものを、俺らがどうこうできねぇだろ」と松田が眉間に皺を寄せる。
二人の思いも虚しく、その日を境に関係が途切れた。