ねぇ、はやく、おきて

※痛い表現アリ※いろいろ注意※

犯人から「爆弾を仕掛けた場所を教えて欲しかったら、そのナイフで彼女を刺せ」って言われた萩原がナイフを持って真っ青な顔で固まる。勿論そんな事、出来るはずも無いし一緒にいた降谷たちも「そんな奴の言うことに耳を貸すな!」って言うんだけど、犯人の男だけはずっと笑ってる。

「いいのか?時間が経てば経つほど被害はデカくなるぞ」って男が何かのスイッチを押した後、すぐに降谷の元に原因不明の爆発が発生したって連絡が入るから犯人の言葉の信憑性だけが増していく。

萩原の頭の中では、香澄ちゃんの命と市民の安全が天秤にかけられてて、自分の心臓の音が異様に大きく聞こえて、顔色もどんどん悪くなる。降谷たちの声も耳に入らない様子で荒い呼吸を繰り返す萩原を見ていられなかった香澄ちゃんがスッと動く。

ナイフを握り締める萩原の両手をぎゅっと包むように握って「私を、刺して」って優しい顔で香澄ちゃんが笑うから、萩原の顔から色が消える。「な、に…ばかなこと、いってんの」って言う萩原に「だって、こうしないと関係ない人たちが巻き込まれちゃう」って困ったように香澄ちゃんが眉を下げる。

「絶対、爆弾見つけてね」ってふわっと笑った香澄ちゃんに「まって、ねえおねがい…っ、手、はなして…?」って萩原が真っ青な顔で言うけど、香澄ちゃんはずっと笑顔のまま。

「研二くん、だいすき」って笑った香澄ちゃんが、萩原の手を握り締めたままナイフを無理やり自分のお腹に押し込むから萩原は正気じゃいられない。目の前で、香澄ちゃんの体が崩れ落ちる。自分の手が赤く染まって、視界が揺れる。

誰の声も、音も、耳には入らなくて呆然と立ち尽くす。「…香澄、?」って口から零れ落ちた小さな声に、香澄ちゃんは返事をしてくれない。自分の足元で倒れ込む香澄ちゃんから溢れる、赤。

「ぁ、ぁ゛…ッ、!ぅ、ぁ゛ぁあ゛あ゛あ!?香澄、香澄…ッ、香澄、!!やだ、いやだ…ッ、おきて、香澄、たのむから…ッ、!!」って悲鳴を上げた萩原が膝をついて香澄ちゃんを抱き締める。

冷たくなっていく体が、色を失っていく顔が、怖くて怖くてたまらなくて。ぼろぼろと泣きながら何度も名前を呼んで抱き締める。到着した救急隊が香澄ちゃんを運ぶために萩原に声をかけるんだけど、全然耳に入っていないどころか「触んじゃねェ!!」って怒鳴って救急隊すらも跳ねのけちゃう。

半狂乱になっている萩原を松田が殴って無理やり気絶させて、ようやく香澄ちゃんは病院に運ばれるんだけど、目が覚めた萩原が自分の腕の中に香澄ちゃんがいないことに気付いてまた荒れる。

「落ち着けよ!!!香澄から絶対爆弾見つけろって言われたんだろうが!!!」って松田に思い切り頬を殴られて、ようやく我に返るけれど頭の中で何度もあの瞬間がよぎってしまって強烈な吐き気に襲われる。

香澄ちゃんの言葉を、約束を守るために必死に事件を追いかけて爆弾を解除して全部が終わってようやく香澄ちゃんのいる病室にやって来る。

脈を確かめるように手首に触れて、そのまま床に崩れ落ちた萩原が「香澄、おれ、やくそくまもったよ…ねぇ、はやく、おきて」って静かに涙を流しながら、気絶するようにベッドに頭を預けて眠りにつく。

それからは香澄ちゃんの手首に触れて脈を感じていないと眠れなくなって、仕事も休んで飲まず食わずでずっと香澄ちゃんを見つめ続ける萩原がいる。

とうとう痺れを切らした松田が「香澄が必死で生きようとしてんのにお前が諦めてんじゃねぇよ!!!テメェが死んだら誰が香澄を支えるんだよ!!!誰が一生傍にいてやんだよ!!!お前が!!!そうしたいって一番思ってんだろうが!!!目ェ覚ませよ!!!」って萩原を思い切り殴り飛ばす。

「何で、何で誰も俺のせいだって言わねぇんだよ…!香澄ちゃんがこうなったのは、全部、ぜんぶおれのせいなのに…っ、なんで、何で…!」って頭を抱えるようにして悲痛な叫び声を上げる萩原に「許されようとしてんじゃねぇよ。お前のせいだって言われて、お前が安心したいだけだろうが」って松田が静かに呟いて萩原を見下ろす。

「俺も、アイツらも、誰一人お前のせいだなんて言わねぇよ。思ってもいねぇしな」って萩原の前にしゃがみ込んで、呆然と松田を見つめる萩原の胸倉を掴む。

「無関係のアイツを巻き込んだのは、俺たち警察の落ち度だ。お前が、今一番しなきゃいけねぇのはアイツが目を覚ました時に、いつも通りに迎えてやることだろうが。アイツに心配かけて、自分のせいでって思わせてぇのかよ。違ェだろうが」って眉間に皺を寄せた松田が萩原をまっすぐに見つめる。

「しゃんとしろよ。いつまでもめそめそして、アイツにフラれても俺は慰めてやらねぇからな」って吐き捨てた松田が掴んでいた萩原の胸倉を乱暴に離す。「……わ、りぃ、やつあたり、した」って少しだけ声に覇気が戻ってきた萩原が力無くへにゃりと笑う。

「おれが、こんなんじゃ、だめだよな」って笑った萩原は、その日から仕事にも復帰するし、無理してでもご飯を食べるようになる。仕事を終えて、病院に行って、香澄ちゃんと過ごして、家に帰る。それを何日も、何日も、繰り返す。

季節が半分過ぎ去った、ある日。ふと、握り締めた香澄ちゃんの手が動いた気がして「香澄ちゃん…?」って声をかける。固く閉ざされ続けていた瞼が微かに揺れて、香澄ちゃんの綺麗な瞳が萩原を捉える。

「け、んじ…くん、」って掠れた声で紡がれた自分の名前に、萩原は声を上げて泣かずにはいられなかった。
backtop