俺は、ここにいるからね

※ちょっと注意※

とん、と背中を押されて香澄ちゃんの体が前に倒れる。間近に迫る列車と、反射的に飛び出して手を伸ばす萩原の姿に、香澄ちゃんの背すじがぞくりと粟立った。視界が一瞬で黒く染まって、次に視界がクリアになったのは「香澄ちゃん!!!」って大声で名前を呼ばれた瞬間だった。

真っ青な顔で浅い呼吸を繰り返す香澄ちゃんが呆然としながら「け、んじ、くん、」って萩原を呼ぶから「うん、いるよ。ここにいる。大丈夫だよ」ってゆっくりと頬を撫でてあげれば、ようやく恐怖を自覚した香澄ちゃんの唇が戦慄く。

ぽろぽろと涙が溢れ出して、縋るように手が伸ばされる。冷たくなった指先がかたかたと震えて、萩原の手を握りながら泣きじゃくる。「ぁ…っうぁ、ひっ、ぅ…ふ、は、っはぁ、っ、」って不規則な呼吸を落ち着かせるように何度も香澄ちゃんの名前を呼んで、肩を撫でるけれど収まらない。

「やだ、けんじくん、…っ、けほっ、」って苦し気に咳き込む香澄ちゃんをぎゅうっと抱き締めて背中を撫でる。「大丈夫。大丈夫だよ、香澄。ここにいる。俺も、香澄も無事だよ。大丈夫、怖いことは何にもないからね」ってゆっくりと宥めれば「けんじくんが、しん…っ、じゃうと、おもっ、たぁ…っ、」って香澄ちゃんが泣きじゃくるから胸が苦しくなる。

「香澄を置いて、死ぬ訳ないでしょ。香澄、こっち見て」って優しく香澄ちゃんの頬を両手で包んで目を合わせれば、香澄ちゃんの瞳がゆらりと揺れる。

「ゆっくり息しよう。吸って、吐いて…うん、上手。大丈夫だよ。俺は、ここにいるからね」って額をこつんと重ねて言い聞かせるように言葉を紡げば香澄ちゃんがはらはらと涙を流しながらこくこくと何度も頷く。

それでもまだ恐怖で震える唇にそっと唇を重ねて「香澄、大丈夫」ってもう一度笑いかければ香澄ちゃんの肩からふっと力が抜ける。安心したのか、くたりと萩原に体を預けて意識を失った香澄ちゃんを抱き締めた萩原だったけれど、萩原の手もかたかたと震えていて思わず笑ってしまう。

「は、ははっ…まじ、びびった…」って小さな声で呟いて拳をぎゅっと握り締める。本気で、失うと思った。香澄ちゃんが、目の前でいなくなると思った。気付いた時には体が動いていて、飛び出していた。

反射的に香澄ちゃんを抱き寄せて、落下した線路の上で、本気で死を覚悟した。一緒に死ねるなら、それでもいいと思った。けれど、視界の端に映った犯人を見て、絶対に死んでやるものかと思った。

香澄ちゃんを抱えたまま咄嗟にホーム下の退避スペースに体を滑り込ませて、絶対に離すものかと香澄ちゃんを抱き締めた。腕の中で呆然とする香澄ちゃんが呼吸をしていないことに気付いて何度も呼びかけて、肩を揺すった。

今までも事件に巻き込まれたことはあったし、松田たち同期と一緒に危ない橋を渡ってきたことだって何度もある。それでも、今日のこの瞬間が、何よりも怖かった。「ぶじで、よかった」って震える声で呟いて腕の中で眠る香澄ちゃんの額にキスを落とす。

呼吸が、熱が、最愛の彼女の『生』を、何より感じさせてくれた。
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