諸伏に似ている人が路地裏に入っていくのが見えたからつい追いかけちゃった香澄ちゃん、ひょこっと路地裏を覗いたらもう誰もいなかったから気のせいかと思って戻ろうとしたら後ろから伸びてきた手に口を塞がれて押さえ込まれるからびっくりしてぼろぼろ涙を流して泣いちゃう。
「君みたいな子が、こんな場所に何の用?」って頭上から聞こえてくる冷たい声は聞き覚えがあるのに知らない人のようで、ぽろぽろ涙を流しながら必死に首を横に振る。
震える手をぎゅっと握り締めて、目をきつく閉じた香澄ちゃんを見下ろして心を痛めながら「君は何も見ていないし、何も知らない」って静かな口調で言う諸伏にこくこくと何度も頷けば「このまま振り返らずにまっすぐ元来た道を戻れ」って言われるから泣きながら頷く。
「今日のことは、全部忘れろ。いいな?」って耳元で小さな声で囁くように言われてゾクリと鳥肌が立つ。ゆっくりと離された手から逃げるようにふらふらと足を進めて、大通りに出た瞬間にようやく呼吸ができるようになった気がして深呼吸を繰り返す。
背後を気にする余裕なんてなくて必死に家に帰ってベッドの中で小さく丸まった香澄ちゃんの瞳からは大粒の涙が溢れてくる。そのまま気を失う様に眠りについた香澄ちゃんの元に帰って来た諸伏が、目を真っ赤に腫らした香澄ちゃんを見てギリ、と唇を噛み締める。
伸ばしかけた手を引っ込めて爪が食い込むくらい強く拳を握り締めていれば、香澄ちゃんの瞼が震えて目が合う。息を飲んだ諸伏が一歩足を引けば、香澄ちゃんの瞳から涙が溢れ出して「〜〜っ、ひろ、くん…っ、」って縋るように、助けを求めるように手を伸ばされるから反射的に腕の中に抱え込む。
「ひろくん、ひろっ…くん、…!」って泣きながらしがみついてくる香澄ちゃんに「ごめん、怖かったよな。ごめん、ごめんな」って何度も謝って背中を撫でる。「振り返らずに、まっすぐ帰ってきてくれてありがとう。ごめんな、怖い思いさせて…っ、ごめん」って香澄ちゃんの額、目、唇って順番に口付けて、深く深くキスをする。
全部忘れて欲しい、と祈るように諸伏が耳を塞いでただひたすらにキスをするから香澄ちゃんもそれに応えるようにキスに溺れる。「ひろくん、ひろくん…っ、」って名前を呼ばれるから、その度に自分が誰なのかを実感できて諸伏も泣きそうになる。
どちらからともなく体に触れて、ゆっくりとベッドに横たわって「香澄ちゃん、すきだよ。おれを、おれでいさせてくれて、ありがとう」って泣きそうな顔でキスをする諸伏に「すき、ひろくんっ…すきなの、ひろくんがすき、」って香澄ちゃんが泣きながら手を伸ばす。
涙の味がしないキスを交わせる日を、二人はずっと待っている。