目の前で人が殺された香澄ちゃん、自分に向けられる悪意の視線から逃げるように意識を飛ばして目が覚めたら記憶が無くなってしまう。自分たちのことを思い出して欲しい気持ちと、犯人に狙われるリスクや本人が感じた恐怖心を考えると思い出して欲しくない気持ちがせめぐ警察学校組がいる。
「ご、めんなさい…」って自分たちを見てしょんぼりと眉を下げた香澄ちゃんにショックを受けていないと言ったら嘘になる。けれど、今この瞬間に一番困惑していて、一番ショックを受けているのは間違いなく香澄ちゃんだと分かっているからこそ、萩原たちはいつも通りに笑ってみせた。
「無理して思い出す必要は無いからね」って香澄ちゃんの手を両手で握り締めた萩原がふわりと笑えば、香澄ちゃんがきょとりと目を瞬かせる。
「でも、その…わたしだけが、事件の犯人を、しってるって…」って困ったような顔をする香澄ちゃんの頭を松田がぐしゃりと撫でて「事件の犯人が分かんねぇから俺たちが捜査すんだよ。お前が犯人を見てても見てなくても、それを覚えてても覚えてなくても俺らがやることは変わんねぇ」って言うから思わずぽかんとしちゃう。
「おもい、だした方が、いいんじゃないんですか…?」って不安そうな顔をする香澄ちゃんに「思い出したくないことの一つや二つ、誰にでもあるだろ。香澄ちゃんが思い出したいと思ったことだけ思い出せばいい」って伊達もからりと笑う。
「色んな事があって、香澄ちゃんの体がびっくりしちゃったんだよね。だから今は、思い出すことよりも体を休めることを優先していいんだよ」って諸伏が優しく笑うから、香澄ちゃんの肩から一気に力が抜ける。
話を聞きに来た警察の人から向けられる落胆と期待の目が怖かった。何も覚えていないことが申し訳なくて、苦しくて、でも思い出そうとすると怖くてたまらなくて。
「おもいっ、ださなきゃ…だめだと、おもってた…っ、」ってぽろぽろ泣き出した香澄ちゃんの頭をそっと撫でた降谷が「いいんだよ。無理に思い出さなくてもいいんだ。大丈夫だから」って優しく言えば、香澄ちゃんの手に力が入ってきゅうっと萩原の手が握り締められる。
香澄ちゃんの記憶を取り戻すことよりも、香澄ちゃんが今までと同じように笑えるように、と。ただそれだけを願う警察学校組の前で、記憶を無くしてからずっと気を張っていた香澄ちゃんは初めて涙を流すことができた。