好きだから、心配なんだよ

「で?今度は何?」と呆れた顔でタバコに火を付けた研二に「殴られたから逃げてきた」と返せば「は?」と研二の顔から表情が消える。「イケメンの真顔超怖いからやめな〜」と笑いながら枝豆に伸ばした私の手を、研二が掴む。

「どこ」「何が?」「場所」「元カレの?」「それもだけど」「それもなんだウケる」「殴られた場所」と終始機嫌が悪そうな研二にケラケラと笑っていれば、ギロリと睨まれる。すこぶる怖い。

どう答えても怒られる未来しか見えなくて「……ど〜こだったかなぁ」と明後日の方向を見て誤魔化そうとするけれど、向かい側から伸びてきた研二の手が私の両頬をガッチリと掴む。

「黙って答えろ」と低い声で促されたら抗う気など起きやしない。怖い。怒ってる。ガチじゃないですかヤダー!と心の中で半泣きになりながら「……おなか」と返事をする。答えろと言われたから正直に答えたのに、沈黙ってどういう事。返事が無いの、一番怖いんだけど。

研二の方を見ることなんて出来なくて、目の前のビールジョッキを結露した水滴が滑り落ちる様を眺め続ける。もっと美味しくお酒が飲みたかった。ふぅ、と研二がタバコの煙を吐く音がして、少しすると2本目のタバコに火が着く。

「そこだけ?」と静かなトーンの声に「……はい」と返事をすれば「嘘つくなよ」と更に低い声が飛んでくる。「背中も蹴られました」と観念して全てを話せば「お前さぁ、」と研二がため息を吐く。

「は、はい…」と怯えながらそうっと顔を上げて研二の顔を見れば「バカなの?」と綺麗な笑顔のまま、こてんと首を傾げられる。あまりの怖さに喉からヒッと悲鳴が零れて、私たちのテーブルだけ温度が5度下がった。絶対に下がった。それくらい怖い笑みに再び俯いて膝の上で拳を握り締める。

「俺いつも言ってるよね?付き合う前にちゃんと見極めろって。誰彼構わず付き合うなって。自分で判断できないなら俺に相談しろって、散々言ってきたよね?聞いてなかったの?それとも理解してないの?どっち?」とガン詰めされて泣きそうになる。本職がマジで怖すぎる。

「はい、すいません。返す言葉もございません」と泣きそうになりながら謝れば「謝れって言ってんじゃないんだわ」と返されてしまい言葉に詰まる。今の研二には火に油だと分かってはいるのに「いや、だって、ほら…最初は、いい人だったし…」とたどたどしく言い訳を口にすることしか出来ない哀れな女は私です。

「別に誰彼構わず付き合ってるわけじゃないし…それに、私もいい大人だし…」とつらつらと言い訳を積み重ねて、目の前のビールジョッキをぎゅっと両手で握り締める。返事が無いのが怖い。沈黙が、あまりにも怖すぎる。

重ねた言い訳にも限界が来て、そうっと研二の方を見て後悔した。「言いたいことはそれだけ?」と肩肘をついてにこりと微笑んだ研二に「…そ…っすね…はは…」と引き攣った笑みが零れる。

「最初は良い人なんて当たり前だろ。最初からヤバい奴な方が珍しいわ。あと、お前誰彼構わず付き合ってる訳じゃないって言うけど、だったらアプリ止めろ。素性の知れない奴とホイホイ会って何かあったらどうする気?つーかいい大人なんだったらその危険性も十分理解できると思うんだけど、俺何か間違ったこと言ってる?」と怒涛のお説教に返す言葉も無く、どんどん私の背中が丸まっていく。

「ご、ごめんなさい…」と小さな声で謝って、すんと鼻を啜る。確かに研二の言う通りだけど、そこまで言わなくたっていいじゃないか。私の人生なのに、何でそこまで言われなきゃいけないの。

謝ったものの、ふつふつと湧き上がってきた怒りにぎゅっと拳を握り締めて、言い返してやろうと顔を上げてハッとする。そもそも、なんで私は、恋人を作ることに躍起になってるんだろう。突然ピタリと固まった私を見て「香澄?」と研二が首を傾げる。

「なんで、そんなに、おこるの」と小さな声で呟けば「は?何でって…心配だからに決まってんだろ」と怪訝な顔で返されるから「なんで、しんぱいなの」と再び質問を投げかける。ただの幼なじみ、ただの腐れ縁。

「かんけいないじゃん、わたしの、じんせいなのに」と声が震えて、喉が詰まる。言うな、と思っているのに「研二に関係無いじゃん。私の人生に口出しして何がしたいの?研二の言う通りに生きればいい?研二が敷いたレールの上だけ歩いてればいい?」と一度溢れた言葉は止まらない。

「ちが…っ、香澄待って、落ち着いて」と研二が焦ったような顔をするけど、私の言葉は止まらない。「昔から、ずっとそう。あれダメこれダメって何でもかんでも全部口出してさ。自分にとって都合の良い、何でも言うこと聞いてくれる女が身近に欲しかったんでしょ?」と鼻で笑いながら研二を見る。

何で、アンタがそんな顔するのよ。泣きたいのは私の方なのに。涙が零れそうになって「ごめん。わたし、酔ってるね。忘れて、ほんとごめん」と慌てて立ち上がる。机の上に一万円札を置いて「今日はもう、帰るわ」とお店の出口に足を向ければ、背後から「ちょっと待てって…!香澄!」と研二の声が聞こえてくるけど無視して店を出る。

自宅とは逆方向に向かって逃げるように歩き出した私を追いかけてきたのか「ッ香澄!!待てって!!」と研二の声と共に手を掴まれる。「離して」「無理」「何で」「離したら、逃げるだろ」「何?都合の良い女が手元からいなくなると困るってこと?随分じゃない?」と研二を睨み付ければ、研二がぐっと言葉に詰まった。

もう一度「離して」と先程よりも強い口調で言ったのに「嫌だ」とハッキリ断られて、手首を掴んでいた手に力が入る。ギリ、と強く握られた手首が痛くて「…痛いんだけど」と呟けば、研二の肩がビクリと跳ねる。

「っごめ、」と研二の手から力が抜けるから、手を振り払って背を向ける。話すことも無い、と歩き出そうとした私を引き止めたのは研二の腕だった。ぎゅううっと背後から抱き締められて「まって、香澄…っ!ちがう、ちがうから…、まじで…いかないで、」と縋るような声で言われて「なにが、ちがうの」と声が震える。

「お前が好きだから、心配なんだよ。お前が大事だから…ッ昔からずっと、守りたくて、大事にしたくて、〜〜ックソッ…!今更、こんなの、信じられないかもしんねぇけど、頼むから行くな」と私の肩に頭を押し付けたまま研二が言葉を紡ぐ。

何を、今更。何で、今更好きだなんて言うの。ずっと、ずっと昔に、私がしまい込んだはずの気持ちを、どうして。つぅ、と涙が頬を伝って、ぽたりと落ちる。もう、思い出せなくなった淡く、儚い、恋心。

「わたしは、もう、すきじゃない」と震える声で返せば「それでもいい。好きじゃなくてもいい。俺が、絶対幸せにするから…ッおねがい、おれをえらんで」と研二の声に涙が乗る。縋るような、悲痛な声。

突っぱねることも出来た。その方が簡単だった。それなのに、私の手は研二の手にそっと重ねられてて「きらいになったら、わかれるから」と返事をしていた。「ッぜったい、絶対好きにさせるから…っ、絶対、幸せにするから…!香澄、すきだよ、すきだから、おれといっしょにいて」と研二が私をキツく抱き締める。

私の恋心をしまい込むよりも前に、こうしてガムシャラに想いを伝えられてたら…と考えずにはいられないけれど、私たちはもう、あの時には戻れない。
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