もうすぐ、会えるから

不安そうな香澄ちゃんの声に松田がヤバいと思ったのも束の間、グリンと物凄い勢いで振り返った萩原にぞくりと鳥肌が立った。「……は???」って真顔でこてん、と首を傾げた萩原に「こ、怖ぇよ…」って思わず言葉に詰まってしまい、表情も引き攣る。

「どういうこと???」って松田を見る萩原に「……この瓦礫の奥に、香澄がいんだよ」って返せば「そんなの分かってんだよ。俺が聞いてんのは、何であの子がお前の事知ってんのって話。つーか何???何でお前あの子のこと呼び捨てにしてんの???」って真顔でじりじりと松田に詰め寄る萩原に薄ら恐怖を感じながら「んな事言ってる場合じゃねぇだろうが」って萩原の尻に思い切り蹴りを入れる。

「後で全部聞くからな」って見たことも無いほどに据わった目をした萩原に見つめられて「へいへい」って返事をして瓦礫の奥の香澄ちゃんに声をかける。「香澄、いいか。よく聞けよ」って松田の真剣な声に香澄ちゃんの背すじが伸びる。

「は、はい…!」ってただでさえ震えていた声が「俺と、もう一人、爆弾解体の専門部署で働いてる奴がここにいる。今から俺らがお前に指示を出す。俺らの指示通りに、それを解体してくれるか」って松田の言葉によって益々震える。

「わ、私がやるんですか…!?」って香澄ちゃんの声が泣きそうに震えて「む、むりです…!そんな、やったことないし、それに、もし失敗したら…っ、松田さんも、一緒にいる、もう一人の人も…!」って香澄ちゃんの目からぽろぽろと涙が零れる。

ギリ、と手のひらに赤が滲むほど萩原の手が強く握り締められて、表情はどんどん険しくなる。萩原ほどでは無いにしろ、松田も気持ちは同じだった。香澄ちゃんは守るべき一般人であるのと同時に、松田にとっても大事な子になっていた。

事件現場で出会う度に真っ青な顔をして、それでも一人でしっかりと立っていたのを、松田はいつも見ていた。自分だって今にも倒れそうな顔をしているのに、同じく巻き込まれた別の人を気遣い、気丈に振る舞う姿を見ていた。

そして、香澄ちゃんは大事な親友が、ずっと探していた大事な女の子だった。そんな香澄ちゃんを追い詰めているのが自分だと思うと胸が痛くて、拳を握り締めずにはいられなかった。

「大丈夫だ。お前のことは絶対に死なせない。失敗もさせない。だから、協力してくれ」って松田が瓦礫の隙間から香澄ちゃんに声をかける。我ながらズルい言い方をしていると、松田は思った。

頼まれたら断れないのが香澄ちゃんの性格だったから、きっと彼女は頷くだろうと思った。松田の思った通り「…ほん、と?しっぱい、しないように、してくれますか…?」って香澄ちゃんの言葉が揺れる。

「あぁ、約束する。絶対だ」って松田が力強く頷けば「〜〜ッ、が、がんばり、ます…!」って香澄ちゃんが泣きながらも頷いてくれる。ちらりと萩原に視線を向ければギラついた瞳が瓦礫をじっと見つめていて、松田の視線に気が付いたのか、ゆっくりと萩原が松田を見る。「松田、俺がやる」って静かに告げた

萩原に「……分かった」って頷けば、萩原は目を閉じてゆっくりと息を吸う。吸った息を、ゆっくりと吐き出して目を開けた萩原の瞳に宿る憤怒と欲の色。傍から見てもゾクリと鳥肌立ってしまうような瞳に松田は堪らずごくりと唾を飲み込んだ。

けれど、そんな萩原の口から零れたのは、どろりと甘く響く声。「香澄ちゃん、」って呼ばれた名前に、香澄ちゃんが息を飲む。聞き覚えのある、甘い声。ずっと、探し求めていた、あの人の声。

「香澄ちゃん、聞こえる?」って再び呼ばれた名前に香澄ちゃんがきゅっと唇を噛み締める。「き、こえる」って小さく返した声に萩原は、とろりと眦を下げて微笑んだ。

「香澄ちゃん、怖い思いさせてごめんね。本当は、俺がそっちに行って助けてあげたいんだけど、時間が無いんだ。だから、香澄ちゃんの手を貸して欲しい」ってゆっくりと紡がれる萩原の言葉が、じわりじわりと香澄ちゃんの胸に染みていく。

「大丈夫。俺が、絶対に助けるよ」って言い切った萩原の声に香澄ちゃんの胸が高鳴る。「はい。信じてます」って頷いた香澄ちゃんが萩原と松田の指示に従って、ゆっくりと解体を進める。

構造は単純でシンプル。時間も十分にある。一つずつ、丁寧に。ぱちり、ぱちりとコードを切る音が何度か響いて、黒い塊が沈黙する。「とま、った…」ってホッと息を吐いた香澄ちゃんの瞳から安堵の涙が溢れ出す。

「ふ、…っぅ、ひ、っく、…」って堪えるような泣き声に萩原が再び拳を握り締める。「よくやった。すぐに救助が来るから、そのまま待ってろ」って瓦礫の向こうの香澄ちゃんに告げて、外部と連絡を取るために松田がその場を離れる。

「香澄ちゃん、もうすぐ、会えるから」って瓦礫に手を添えた萩原の言葉に香澄ちゃんの心が震える。どうしてあの日、待ち合わせ場所に来なかったの。どうして、連絡を返してくれなかったの。

私のこと、嫌いになったの。なんで、どうして。ぐるぐると頭の中で言葉が浮かんでは消えてを繰り返す。聞きたいことも、言いたいことも、沢山あったはずなのに、香澄ちゃんの口から零れ落ちたのはたった一言。

「あいたい、」って涙と共に吐き出された言葉に、萩原は腹の奥からこみ上げてくる熱を我慢できなかった。「香澄ちゃん、結婚しよう」って告げた萩原に、戻って来た松田と救助隊の面々が目を瞬かせる中で、香澄ちゃんはその言葉に力強く頷いた。
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