誰か、いるんですか?

あの日を境に香澄ちゃんはポアロに来なくなって、代わりに萩原の来店頻度が高くなった。「ねえ安室さん、最近あの子来た?」ってにこりと笑って尋ねてくる萩原に安室はため息を吐いて「ですから、そう言ったことにはお答えできません」って返す。

この店を避けているのか、はたまた安室が避けられているのか。あの日、少し踏み込みすぎたのかもしれないと安室はほんの少し後悔していた。大事なポアロの常連であり、大切な同期が大事にしている女の子。

あの日、香澄ちゃんが流した一筋の涙を安室は忘れることができなかった。それと同時に、想い人には会いたくないと言い切った香澄ちゃんが店に来なくなったことが、正解だったのかもしれないとも思った。

原因は言わずもがな、毎日のように店にやって来て時間の許す限り居座っている萩原のせいだ。香澄ちゃんが探している想い人が、もし仮に萩原だったとしたら。この場所で望まぬ再会をすることになってしまう。

香澄ちゃんに忘れられているかもしれない、なんて考えを一ミリも抱いていない萩原に対して、香澄ちゃんは萩原から自分に向けられる感情の変化を酷く恐れていた。

決してそんなことは無いのだと、安室から伝えるのも違う気がして言わなかったが、果たしてそれが正しかったのか間違っていたのか、今となっては神のみぞ知る、と言ったところだろう。

その数日後、松田を呼び出した降谷は「…おい松田、いい加減アイツを止めてくれ」って真剣な顔で頼み込んだ。「毎日ポアロに顔を出して、朝から晩まで居座って、さすがの梓さんも若干引いている」ってわなわなと震える降谷に「俺だって何回も止めてるっつーの」って怪訝な顔をした松田が降谷を押し退ける。

「あれじゃ本当にストーカー一歩手前じゃないか!」って声を荒げる降谷に「一歩手前じゃねぇよ。もう手遅れなんだよ」って松田の顔が死ぬ。あの日、ほんの一瞬だけすれ違った香澄ちゃんを萩原はハッキリと認識していた。

「お前の勘違いじゃねぇの」ってやんわり止めた松田に「ははっ、俺があの子を見間違う訳ないじゃん」ってどろりと濁った眼で微笑んだ萩原に松田はもう何も言えなかった。

「店ン中で待ってるだけなんだろ。もう放っておこうぜ」ってげんなりした顔で言う松田に対して「毎日責められるようにあの子は来てないのかって言われる僕の身にもなってみろ。僕の方が病みそうだ」って頭を抱える降谷がいて、松田は何とも言えない顔をする。

「あー…それは、まぁ、…ドンマイ」ってぽん、と降谷の肩を叩いた松田に「お前…!他人事だと思って…!」って降谷が膝から崩れ落ちる。両手で顔を覆って「はぁ…こんなにポアロに行きたくないのは初めてだ」って呟いた降谷に松田は本気で憐れむような目を向けた。

更にその数日後、香澄ちゃんが巻き込まれたのは大規模な爆弾事件。「お、まえは…何でまた巻き込まれてんだよ…!」って声を荒げた松田に「わ、私だって巻き込まれたくて巻き込まれてるわけじゃないですよ…!」って香澄ちゃんが泣きそうな声を上げる。

閉じ込められた一般人がいると言われて松田が駆け付けてみれば閉じ込められていたのは香澄ちゃんだった。そして、香澄ちゃんの傍に鎮座する黒い箱。これで頭を抱えない奴がいるなら目の前に連れて来い、と松田は心の中で盛大に舌打ちをした。

「とりあえず、その黒い箱から離れてこっち来い」って瓦礫の隙間から声をかければ、香澄ちゃんがそろそろと近付いてくる。「こっち側に来れそうな場所あるか?」って松田に尋ねられてきょろきょろと辺りを見回すけれど見渡す限り瓦礫の山で、脱出できそうな場所は無い。

ふるふると首を横に振って「ダメそうです」って眉を下げた香澄ちゃんに松田の口から舌打ちが漏れる。「その黒い箱、見える範囲で良い。触らなくていいから、何か書いてたり、何か表示されたりしてたら教えてくれ」って松田に言われて恐る恐る黒い箱に近付いた香澄ちゃんがきゅっと泣きそうに顔を顰めて「あと、一時間って、でてます」って震える声で呟くから松田が静かに拳を握り締める。

間に合うか、間に合わないかギリギリのラインだった。どうする、と松田が思った瞬間だった「陣平ちゃん!」って聞き慣れた声に名前を呼ばれてハッと顔を上げる。「ハギ!?お前、何で…!」って松田が驚きで目を見開けば「陣平ちゃんが飛び込んだ後、爆発が起こって出入口が完全に塞がっちまって」って萩原が肩を竦める。

「人一人が入れるスペースを何とかこじ開けて、一先ずエースの俺が投入されたって訳」って笑った萩原をジトリと見てから「投入されたんじゃなくて突っ込んできたの間違いだろうが」って松田が言えば「そうとも言う〜」って萩原がご機嫌に笑う。

「で?取り残された一般人ってのは?」って首を傾げた萩原に松田はため息を吐いて瓦礫の奥を指差す。「怪我はねぇ。が、残念なことに爆弾と一緒に取り残されてる」って険しい顔をした松田に萩原も同じように眉間に皺を寄せる。

そんな二人に向かってかけられた「松田さん?誰か、いるんですか?」って香澄ちゃんの小さな声に萩原の目が見開かれた。
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