萩原さんと一緒にゼリーを食べた日の夜、運ばれてきた食事は何の味もしなかった。美味しいと感じることは出来なくて、込み上げてきた吐き気に耐えられずに吐き出した。あのゼリーなら、と思ったけれど、それもダメで。
翌日、病室にやって来た萩原さんは「香澄ちゃん、ご飯食べれてないんだって?」と心配そうに眉を下げて私を見る。折角萩原さんが協力してくれたと言うのに、全部無駄にしてしまった。その申し訳無さでじわりと涙が滲む。
「せっかく、色々してくれたのに…っ、むだにして、ごめんなさい」と謝る私に萩原さんは驚いたように目を見開いてからふわりと優しく笑う。「無駄じゃないよ。俺と一緒に食べたあのゼリーは食べれたんだもん。他のものだってゆっくり一緒に食べたら、食べられるようになるかもしれないでしょ」と両手をぎゅっと握られて、思わずぱちぱちと目を瞬かせてしまう。
「どんなに時間がかかっても大丈夫。俺が一緒にいるよ」と微笑んだ萩原さんに、我慢できずに涙が溢れ出す。「ほん…っとう…?」「うん。ほんと」「だって…っだって、どれくらいかかるか…っわかん、ないっん、ですよ…っ、?」「そうだね。でも香澄ちゃんがもういいって言うまでは一緒にいるよ」とくすくす笑いながら萩原さんが私の頬を伝う涙を指先で拭ってくれる。
「この後お昼だよね?一緒に食べていい?」と優しい顔で首を傾げた萩原さんに「っ、たべれなくても、きらいにならない…?」と不安になってきゅうっと手を握り締める。大丈夫だよって、何度だって言ってくれるけれど、呆れられてしまうかもしれないと思ったら怖くて仕方が無い。
私と一緒にいるのが苦痛だと思われてしまったらどうしよう、と思ったら聞かずにはいられない。でも、こんな質問をすることすらウザイと思われてたらどうしよう。不安と、焦り。溢れる涙のせいで肩が震えて、握り締める手の力は強くなっていく。
「めんどうっ、くさくて…っごめんなさ、い…っ、いっしょに、っいた…っいのに、…っ、」とぽろぽろ本音が溢れ出す。嫌だ、ごめんなさい、嫌いにならないで。そんな子供のワガママのようなことを泣きながら訴える私を、萩原さんがふわりと抱き締める。
あやすように背中をとんとんと叩かれてもう片方の手が頭を撫でてくれる。「今まで出来てたことが出来なくなるのって怖いよな。一人で乗り越えなきゃって思ったら、もっと怖くなるし、それを口にしたらもっと怖くなる」と萩原さんがゆっくりと話し出す。
「大丈夫。香澄ちゃんが安心できるまで何度だって大丈夫って言うよ。香澄ちゃんが一緒にいたいって望むなら、ずっと一緒にいる。面倒なんて思わないよ。俺は、香澄ちゃんのことが大事で、大好きで、力になってあげたいって心から思ってる」と優しい声がじわりじわりと心に染みていく。
ぽろ、ぽろ、と瞬きの度に大粒の涙が零れ落ちて、萩原さんの服の色を変えていく。萩原さんの大きな背中に手を回してぎゅうっとしがみつけば、同じようにぎゅうっと抱き締められる。
「大丈夫、大丈夫だよ、香澄ちゃん。香澄ちゃんが、頑張るのを一番近くで支えさせて。俺も、一緒に歩かせて」と萩原さんがそっと体を離して、こつりと額が重なる。「いいかな?」と私に伺いを立てた萩原さんに、何度も頷く。
「うん…っう、んっ…、それがいい…、いっしょじゃなきゃ、やだぁ…っ、」と泣きじゃくる私の頬を萩原さんの両手が包む。「いっしょだよ。ずっといっしょ」と小さな子に言い聞かせるようにとろりと甘い声で呟いた萩原さんと鼻の先がちょん、と触れる。
目元の涙を萩原さんの親指が攫っていって、萩原さんの綺麗な瞳と視線が交わる。「怖いとか、嫌とか、思ったことはすぐ教えて。俺が香澄ちゃんを嫌いになることなんて絶対に無いから」と笑った萩原さんを見て、もうダメだった。
我慢なんて出来なかった。この人が、好き。どうしようも無く、好きで、好きで堪らない。触れ合ったままの鼻先をすり、と擦り合わせて、ちゅっと唇を重ねる。「すき、はぎわらさん、すきなの…っ、どこにもいかないで、」と縋るように何度も唇を重ねる。
萩原さんが逃げたり避けたりせずに、受け入れてくれるのを良いことに何度も、そうやってキスをした。答えを聞くのが怖くて、情でも何でも良かった。萩原さんを、繋ぎ止めていられるならなんでも良かった。
優しい萩原さんの気持ちを利用していると思ったら胸が痛かったけれど、それよりも私だけの萩原さんでいてほしかった。ごめんなさい。酷い女で、ズルい女でごめんなさい。「それでも、すきなの」と泣きながら、私は萩原さんの唇をそっと塞いだ。