一緒にちょっとだけ食べてみよう

(Side:萩原)

「やっぱり食べられなさそう?」と香澄ちゃんの顔を覗き込めば、真っ青な顔で「ご、めん…なさい、」と手で口元を覆って吐き気を堪える。あの事件以来、香澄ちゃんの体は食事を拒否するようになってしまった。

本人に食べようとする意思はあるけれど、体は受け付けてくれないようで一口食べては酷い吐き気に襲われ、少ししてから一口食べて、また吐き気に襲われることの繰り返し。

どうにかして食べさせたいけれど、あの日のことを思うと強くも言えずに「無理しないで。お水飲もっか」と背中を撫でることしか出来なかった。あの部屋に閉じ込められている間、香澄ちゃんは男が用意した食事を必死に飲み込んでいたらしい。

恐怖と不安で、味を感じることは出来なくて、機械的に咀嚼していたと言っていた。男が用意した食事には言葉にするのも憚られる物が混ぜられていて、今となっては味を感じることが出来なくて良かったのかもしれないと思ってしまうのも事実だった。

それでも食事はして欲しい。これから先、いろんな場所でいろんな物を食べて欲しい。そう思って香澄ちゃんが好きだったものを買ってきた。同じものを一緒に食べれば、少しは恐怖心も薄れると思ったから。

「ねえ、香澄ちゃん。これ、俺と半分こしようよ」と袋からゼリーを取り出してテーブルの上に置けば、香澄ちゃんの目がぱちりと瞬く。「一緒に食べよう。これ好きだったでしょ」と笑いかければ、泣きそうにくしゃりと顔が歪む。

「い、いらない、です」と怯えたような顔で首を横に振った香澄ちゃんの手をぎゅっと握って、真っ直ぐに見つめる。「これ、嫌いになっちゃった?」と尋ねれば、益々泣きそうな顔をして「ち、ちがう、ちがうの…っ、きらいに、なりたくないから…っ、いらない、」と首を横に振る。

握った手に少し力を込めて「香澄ちゃん、」と名前を呼べば、びくりと肩を震わせて涙を浮かべた綺麗な瞳が俺を見る。好きだったものを嫌いになりたくない、という気持ちと、俺の好意を無駄にしたくないという気持ちが強いんだと思う。

香澄ちゃんは、優しい子だから。握った手はそのままに、もう片方の手で頭を撫でて、そのまま頬に手を滑らせる。「大丈夫。もし嫌いになっちゃっても、また好きになれるまで、俺が一緒に食べるから」と優しく笑いかければ「…でも、」と香澄ちゃんが言葉を詰まらせる。

ぽろぽろと零れ出した涙を拭いながら「俺だって嫌いな食べ物あるよ?でも香澄ちゃんの前ではカッコつけたいから、いっつも平気なフリして食べてんの。香澄ちゃんは、好き嫌いがある俺のこと嫌いになる?」と肩を竦めてわざとらしく尋ねれば「なら…っない、」と香澄ちゃんが泣きながら返事をしてくれる。

「うん。俺も同じだよ。香澄ちゃんがこれ嫌いって思っても嫌いになったりしないよ。美味しいねって食べれるものを一緒に探すからさ。だから、大丈夫。一緒にちょっとだけ食べてみよう?」とゆっくり伝えれば、香澄ちゃんがこくりと頷く。

封を開けて、まずは俺が一口食べる。ふわりと口に広がった甘みは変わらず美味しい。「うん、美味しい。香澄ちゃんも、はいあーん」とスプーンで掬ったほんの少しのゼリーを香澄ちゃんの口元に持っていけば、ほんの一瞬だけ瞳に恐怖が宿って、それから意を決したように目を閉じた香澄ちゃんがゼリーを頬張る。

「どう?美味しい?」と首を傾げた俺に、香澄ちゃんは驚いたように目を見開いてから「…お、おい、しい…なんで、だって、っはぎわらさん…っこれ、おいしいっ、」とぼろぼろ涙を流す。

「もう一口食べる?」とゼリーを掬ったスプーンを差し出せば、今度は一切の躊躇無くゼリーを食べてくれた。美味しい、と泣きながらゼリーを食べる香澄ちゃんの頭をそっと撫でて「ね?大丈夫だったでしょ?ゆっくりでいいから、俺と一緒にいっぱい美味しいもの食べようね」と笑いかければ、泣きじゃくりながら何度も香澄ちゃんが頷く。

一つずつでいい。ゆっくりでいい。ここに怖いものは何も無いんだって、手放しで信じられるようになるまで、ずっと一緒にいる。ゼリーを食べて、泣きじゃくって、疲れて眠ってしまった香澄ちゃんの額に静かにキスを落とした俺は「俺が、香澄ちゃんのことを嫌いになんて、なる訳ないじゃん」と小さく笑みを零して、またしても真っ赤になってしまった目元を指先でそっと撫でた。
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