覚えてなくてもしょうがないよ

私が狙われている可能性が高いと松田さんに言われてから、周りを警戒していたけれど特に何も起きないまま時間だけが過ぎていく。「もう諦めたとか…?」と首を傾げた私にコナンくんが呆れたような目を向けてくる。

「僕が犯人だったらそうやって油断したところを狙うけど」と言いながらずず、とアイスコーヒーを飲むコナンくんに「手厳しいなぁ」と思わず苦笑いが零れた。私がポアロで大号泣してしまった日、お店にやって来たコナンくんは男三人に囲まれて泣きじゃくる私を見て、それはもう冷たい視線を向けてきた。

私にではなく、私の周りにいた萩原さんたちに、だ。あらぬ噂が立っては困ると弁解をした萩原さんたちに「ふぅん…」と納得していないような顔をしたコナンくんは、わざわざ私に「ねえ、香澄さん。本当?」と尋ねてきて「本当だよ。何にもされてないから大丈夫」と返せば「そっか!それならいいんだ!」と可愛らしく笑ってくれた。

「でも、それならどうしてそんなに泣いてるの?何か嫌な事でもあったの?」と心配そうに私の顔を見つめたコナンくんに「ううん。安心して、泣いちゃったの」と苦笑いで返せば、コナンくんは益々気になってしまったらしい。

「女の子の涙の理由を詮索する男はモテないぞ」と萩原さんがコナンくんを嗜めるから思わずくすくす笑ってしまったけれど、よくポアロに来ているコナンくんなら彼女を見かけたことがあるかもしれない、と事情を簡単に説明すればコナンくんは少しだけ考えるように顎に指先を当てる。

「あ、もしかして…」と何かを思い出したように顔を上げたコナンくんに「何か知ってんのか」と松田さんが尋ねれば「その人って、茶髪のくるくるの髪の毛の女の人だったりする?」とコナンくんが首を傾げる。

どうなんだ、と言わんばかりに松田さんの視線が私に向くけど全然覚えていない。役に立たなくてごめんなさい。情けなく眉を下げた私の表情を見て察したらしい松田さんはすぐに私から視線を逸らして萩原さんと安室さんに向けた。

「ごめんね、役に立たなくて」とコナンくんに小さく謝れば「ううん!香澄さん、その人のせいで怖い思いしたんでしょ?覚えてなくてもしょうがないよ!」と優しくフォローをしてくれるから、思わず頭を撫でてしまった。なんて優しい子なの。

私がコナンくんにフォローされている間に、彼女の容姿の確認は取れたようでコナンくんの思っている女性と一致していることが分かった。「その人のこと、何か知ってるのかい?」と首を傾げた安室さんに「知ってる訳じゃないんだけど、僕を見て驚いた顔をしていたから…ずっと気になってたんだ」とコナンくんが困ったように眉を下げる。

「驚いた顔?」と首を傾げた萩原さんにこくりと頷いて「まるで、僕のことを知ってるみたいだったんだ。変だよね」とコナンくんが不敵に笑う。「なるほどな」と頷いた松田さんに「えっ」と思わず声を上げて松田さんを見れば、松田さんだけではなく萩原さんも安室さんも、何かが分かったような顔で頷いていて首を傾げてしまう。

「香澄さん、彼女の言葉を覚えてますか?」と安室さんが私を見て「彼女は、一体どこで萩原さんと松田さんが爆発物処理班だということを知ったんでしょうね」と笑うから「あ、」と声が漏れた。

確かにそうだ。あの日、安室さんと話していて二人の名前は出したけれど、二人の仕事の話なんて一度もしていない。それなのに、彼女は二人が爆発物処理班だということを知っていた。

「……ほ、ホラー的な意味で怖くなってきました」と呟いた私に苦笑いをした安室さんが「そうですね。不気味ですよね」と返してくれるけど、そういう意味じゃないと目が語っている。「そこかよ」と呆れた松田さんの声と「普通は命狙われてるってことの方が怖いと思うんだけどね」と萩原さんも苦笑いで私の頭を撫でてくる。

口に出してから多分違うなって思いました。ごめんなさい、いたたまれないのでその呆れた顔を向けないでください。しゅん、と俯いた私の頭を萩原さんが再びぽんぽん、と撫でるから益々顔を上げにくくなった。

その後、一先ずは様子を窺おうかと話が一段落したのだが、あまりにも何も起き無さすぎて私の緊張感は既に無くなりかけていた。「まあ何も無いに越したことは無いんだけどね」と肩を竦めたコナンくんに「ふふ、確かに」と笑って、視線を窓の外に向けてひどく後悔した。

ひゅっと息が詰まって、体が固まる。窓の向こうから私を睨み付ける彼女から目が離せなくて「香澄さん?」と声をかけてくれるコナンくんに返事が出来ない。ぎゅうっと握り締めた手にコナンくんの小さな手が重なって「香澄さん!」と大きな声で名前を呼ばれてハッとして視線がコナンくんに向いた。

「コーヒー冷めちゃうよ。早く飲もうよ」と笑ったコナンくんに「え、あ、うん…そうだね、」と返して促されるままカップに口を付ける。「ねえ香澄さん、僕ケーキ食べたいんだけど…晩ご飯食べられなくなったら蘭姉ちゃんに怒られちゃうんだ。だから半分こしてくれない?」と私に向かってメニューを差し出すコナンくんに「う、うん。いいよ。どのケーキがいいの?」と返しながら一緒にメニューを覗く。

ちらりと外に視線を向ければ、もう彼女の姿はどこにも無くてホッと息を吐いて「僕レモンケーキがいい!」と笑ったコナンくんに釣られるように笑った私は「じゃあレモンケーキにしようか」とコナンくんの頭を撫でた。
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