あなたが一番邪魔なのよ

「ほんとに迎えに行かなくて平気?」と電話の向こうで不安そうにする萩原さんに「大丈夫です!ありがとうございます」と返して歩き出した帰り道。「あなたが一番邪魔なのよ」と背後から聞こえた声に背筋が凍った。

ハッとして振り返ろうとした瞬間、ガツンと頭を殴られて目の前がちかちかと点滅した。ぐらりと倒れた体は誰かに支えられて、遠くなる意識の中で「あとは貴方が好きにするといいわ。せいぜい可愛がってもらうのね」と楽しそうに笑う彼女の声が聞こえて、私を抱き締める手に力が入る。

逃げなきゃいけないと、分かっているのに体は動かなくて何とか繋ぎ止めていた意識はぷつりと途切れた。次に目が覚めた私は、見覚えのある光景に息を飲んだ。知らない部屋と、知らない服。足首に付いた鎖は、萩原さんと出会った恐怖の日と同じだった。

「ぁ…っ、うそ、」と声が震えて、ぽたりと涙が落ちる。ゆっくりと扉が開いて顔を覗かせたのは忘れもしない、あの日私を攫った男。「目が覚めたみたいだね」と微笑んだ男にぞくりと背筋を冷たいものが這う。伸ばされた手から逃げるように顔を逸らすけど、男の手は無遠慮に頬に触れる。

「はは、随分綺麗になったね。あの時は可愛かったけど、今はとても綺麗だよ」とうっとりしながら私の足を撫でる男に、抵抗なんて出来ない。恐怖で固まった体と、引き攣った喉。呼吸を止めないようにするのが精いっぱいだった。

「お腹空いたよね。今、ご飯持ってくるから、待ってて」と私の頭を撫でた男が部屋を出て行ったのを確認して、辺りを見回す。「すまほ、どこ…っ、やだ、たすけてっ…、」と涙が零れて嗚咽が漏れる。恐怖で頭がいっぱいになって、ぷつりと再び意識が途切れた。

◆◆◆

(Side:萩原)

「大丈夫です!ありがとうございます」と明るい声で返事をした香澄ちゃんと、連絡が取れなくなった。家に着いただろう頃合いを見計らってメッセージを送ったけれど、未読のまま。嫌な予感がして何度も電話をしたけれど、全て不通だった。

香澄ちゃんの自宅へ車を走らせながら「クソッ…!」と苛立ちを露わにした俺の隣では、松田が香澄ちゃんへと電話をかけ続ける。おかしい。あの子は理由も無く連絡を無視するような子じゃない。何かあったんだ。

俺が、迎えに行かなかったから。だから、何かに巻き込まれた。苛立ちと、焦り。まるで警鐘を鳴らす様に、頭の奥がガンガンと痛む。香澄ちゃんのアパートが見えてきて、漠然とした不安は確かなものになった。

「電気、付いてねぇな」と険しい顔で呟いた松田が車を飛び降りてアパートの階段を駆け上がる。疲れて寝てしまっただけであってくれ。俺たちの連絡に気付かずに眠りこけていただけであってくれ。

「すみません、心配かけちゃって」と眉を下げて、何でも無いような顔で、笑ってくれ。そう思いながら合鍵で扉を開けて、絶望した。リビングのカーテンは開いたまま。キッチンには朝使ったであろうマグカップやお皿が置かれていて、部屋のどこにも香澄ちゃんはいない。

ギリ、と握り締めた拳を壁に叩きつける。ダァンッ!と大きな音が響いて「落ち着けよ、ハギ。八つ当たりする暇あんなら、香澄の帰宅ルート見て来い」と松田の鋭い声が飛ぶ。「…分かってる、悪い」と小さな声で返した俺はアパートを飛び出した。
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