あれから何日経ったのか分からない。恐怖で意識を飛ばして、目が覚めたら用意された食事を食べる。酷いことはされないけれど、ずっと気持ち悪くて、怖くて、泣いても泣いても涙が溢れてきて、何度も助けを求めた。
そんなある日、いつものように私の足を撫でながら「何か、欲しいものはある?」と男が尋ねてきた。「ぽあろの、こーひー」と小さな声でぽつりと零せば「あぁ、そう言えば常連だったね」と優しく微笑みかけられる。
「こーひーと、ちょこちっぷの、くっきーが、ほしい」と呟いた私に男は「うん、いいよ。じゃあ買ってくるから、良い子で待っててね」と私の頭を撫でて部屋を出て行く。知らず知らずのうちに止めていた息をゆっくり吸って、吐く。
ポアロのコーヒーは大っぴらにテイクアウトが出来ると謳っていない。つまり、それが出来ることを知っているのは一部の限られた人だけ。そして、もう一つ私が頼んだチョコチップのクッキー。これは、安室さんが試作として作って私が萩原さんたちと一緒に試食したもの。
ポアロの正式なメニューにはなっていなくて、あの時一緒にいた安室さん、萩原さん、松田さんしか知らない。「おねがい、だれか…っ、きづいて、」と震える声で呟いて祈るように両手を握り締める。
もし、今日ポアロに安室さんがいなかったら。もし、気付かれたら。そう思ったら怖くて泣いてしまいそうになるけれど、諦めたくなかった。きっと、気付いてくれる。きっと、助けに来てくれる。だから、大丈夫。
そう言い聞かせて、帰って来た男から差し出された袋の中身を見てぽろ、と涙が零れた。「泣くほど嬉しかったの?」と笑った男に「は、はい…っ、あ、ありがとう、ございます、」とお礼を言ってコーヒーが入ったカップと、クッキーが入った袋を取り出す。
久しぶりに飲んだポアロのコーヒーは、驚くほどに美味しくて、驚くほどに安心感があった。肩に入っていた力が抜けて、自然と頬が緩む。そんな私の姿が、どうやら気に入らなかったらしい。
手の中のコーヒーカップが叩き落されて「俺が用意した食事よりも、他の男が入れたコーヒーの方が美味いって言いたいのか!」と怒鳴られて、ぐわんと視界が揺れる。遅れてやってきた頬の痛みに、ようやく殴られたのだと気が付いた。
今度は拳を握り締めた男が、私に向かって手を振り上げる。ひゅっと息を飲んで目を閉じた、瞬間だった。ピンポーン、と鳴り響いたチャイムの音にびくりと肩を震わせたのは私ではなく、目の前の男だった。
何かに怯えるような目で扉の向こうを見て、それから「声出したら、殺すからな」と私を睨み付ける。こくこくと何度も首を縦に振って涙を流す私を見て、静かに部屋を出て行った男を見送って耳を澄ませる。
誰かと話すような声が聞こえて、その後すぐに「わーー!おじさんのおうち、とっても広いんだね!」と聞き覚えのある高い声が聞こえてくる。「あれれ〜?これおじさんの?僕の仲良しのお姉さんが持ってるバッグと同じやつだ〜!」とコナンくんの声が少しづつ近付いてきて、男の苛立ったような声も近付いてくる。
こくりと唾を飲み込んで、息を吸う。「こ、こなんくん…!たすけて…っ、!」と絞り出したSOS。足に付いた鎖のことを忘れて、ベッドを降りようとしてガタンッ、と大きな音を立ててしまったけれど、きっとコナンくんは気付いてくれる。
「こなんくん、コナンくん…!」と何度も名前を呼んで、助けを求めた私の部屋の扉を開けたのは、あの日と同じように焦った顔をした萩原さんだった。「は、ぎ…わら、さん、」と手を伸ばした私をぎゅうっと抱き締めた萩原さんが「香澄ちゃん、もう大丈夫だよ。一緒に帰ろうね」と優しい声で言う。
「ひっ、ぅ…ぅぁ、ぁあっ…うわぁぁああん…っ、!」と声を上げて泣きじゃくる私に「うん。怖かったね、もう大丈夫。来るのが遅くなってごめんね。一人で、頑張ってくれてありがとうね。大丈夫、大丈夫だよ」と萩原さんが声をかけ続けてくれるから、涙が止まらなかった。