(Side:萩原)
香澄ちゃんの行方が分からなくなってから2週間が経った。まともな手がかりは今も掴めず、明確な事件性も無いことから大々的に人数を割いての捜査も出来ない。完全に八方ふさがりの状況に俺は苛立っていた。
「萩原さん、少し休まれては?顔色が悪いですよ」と眉間に皺を寄せた安室に「俺が休んでる間に、あの子に何かあったらどうすんの」と舌を打つ。何かあった時にすぐ動けるように仮眠を取ることはあれども、腰を落ち着けてゆっくり休むなんて、していられない。
俺が今こうしてポアロに来ているのは、香澄ちゃんの失踪に一番関与している可能性がある彼女を探るためだ。「どう考えても、おかしいだろ」と呟いた俺に安室も眉を顰める。ポアロで一人、読書をする女は、鬼気迫る様子で香澄ちゃんに詰め寄っていたあの女だ。
安室曰く、香澄ちゃんの行方が分からなくなった日の翌日から、ああやってポアロにやって来るようになったらしい。香澄ちゃんとポアロでひと悶着あってからは一度も来ていないと言うのだから、なおさら不自然だった。
とは言え、証拠も無ければ根拠も無い。ちょっとだけ怪しい。ただそれだけだ。その状況で彼女に疑いをかける訳にもいかず、いつボロを出してもいいように様子を窺っている訳なのだが、女はずっと一人で読書を続けている。
思わず舌打ちを零せば「ハギ、見すぎ」と松田に窘められてしまい、思わずテーブルに突っ伏した。こうしている間にも香澄ちゃんの無事はどんどん保証できなくなっていく。焦る気持ちを落ち着かせるために、ライターを手の中で転がして遊んだ。
少しして店に入って来たのは、気弱そうな男だった。安室の「いらっしゃいませ!」と言う声にびくりと肩を揺らして「ぁ、えっと、コーヒーと、チョコチップクッキーを、持ち帰りで」と小さな声で、確かにそう言った。
ピクリと指先が震えて、スッと男に視線を向ければ、男はきょろきょろと落ち着きなく視線を彷徨わせる。「コーヒーとチョコチップクッキーですね。ご用意するので、少しお待ちください」とにこりと笑った安室から逃げるようにカウンター席の端に腰かけた男は、終始落ち着きがない。
「…安室さん、これ」とカウンター席に座ってたコナンくんが安室に小さなシールを渡して「ありがとう、コナンくん」と笑った安室がそのシールをコーヒーを入れたカップの底に貼り付ける。
それから何事も無かったかのように男に商品を渡して会計をした安室が「萩原さん、松田さん。コナンくんが急遽届け物をしないといけなくなったみたいなんですけど、ちょっと距離があって…お忙しいところ申し訳ないんですけど、付き添っていただいてもいいですか?」と俺たちを見る。
一瞬何を言っているのかと思ったけれど、すぐに合点がいって「もちろん。困ってる人を助けるのがおまわりさんの仕事だからね」とコナンくんの頭をくしゃりと撫でれば「なら、さっさと行こうぜ。安室サン、会計頼むわ」と松田も腰を上げる。
それからポアロを出て、迷うことなく歩き出したコナンくんの後ろを歩きながら「で?さっきのシール、何だったの?」と首を傾げれば「発信機だよ」とケロリと返される。「あんまそういうの大声で言うな」と松田がコナンくんの頭を小突けば「えへへ、ごめんなさぁい」とわざとらしい謝罪が返ってくる。
けれど「でも、萩原さんたちも追いかけるつもりだったでしょ。あの男の人のこと」とニヤリと笑ったコナンくんに思わず目を見開いた。「へぇ、よく分かったね」と笑った俺に「一番は、萩原さんの表情が変わったからなんだけど…もう一つ変だなと思ったのは、あの男の人の注文だよ」とコナンくんが苦笑いを浮かべる。
「ポアロでテイクアウトが出来ることを知ってるのはほんの一部の人だけだし、ポアロにチョコチップクッキーなんてメニューは無いのに安室さんが当然のように受けてたから何かあると思ったんだ」と言い切ったコナンくんに思わず感心してしまった。
さすが、安室が目を付けているだけある。「さすがだな、探偵坊主」と松田もくつくつと喉を鳴らして笑ってコナンくんの頭をぐしゃりとかき混ぜた。その後、少し歩いてコナンくんの案内でやって来たのは、7年前に俺が香澄ちゃんと出会ったマンション。
あの後、改修工事が入って見た目はガラッと変わったけれど、全く同じ場所だ。頭をよぎった嫌な予感に「…まさか、」と声が震える。迷いなくマンション内に入ったコナンくんは、高層階のある部屋のチャイムを鳴らして「ごめんなさい!おトイレ貸して欲しくって!」と可愛らしい声を上げて先ほどの男の部屋へするりと入っていった。
「すげぇな、アイツ」と松田が苦笑いを零すから「いやぁ…ほんとにね」と思わず同意してしまう。肝が据わっていると言うか、何と言うか。そのすぐ後に部屋の中から聞こえてきたのは、男の怒声。
「いい加減にしろよ!!クソガキ!!女なんていねぇって言ってんだろ!!」と怒鳴る男の声に堪らず駆け出して玄関の扉を開ける。驚いた顔でこちらを見て「な、なんだよ、お前ら…!」と焦ったような顔をする男の声を遮って「萩原さん!松田さん!奥の部屋から香澄さんの声が聞こえた!」とコナンくんが声を張り上げる。
もう、迷ってなんかいられなかった。必死に止めようとする男を押し退けて、奥の部屋の扉を勢いよく開ける。香澄ちゃんの大きく見開かれた目からぼろぼろと零れる大粒の涙。足に付いた悪趣味な鎖と、真っ赤に腫れた頬。
「は、ぎ…わら、さん、」と震える声で名前を呼ばれて、香澄ちゃんの手が伸ばされる。華奢な体を腕の中に閉じ込めて「香澄ちゃん、もう大丈夫だよ。一緒に帰ろうね」と背中を撫でてあげれば、香澄ちゃんが縋りついてくる。
「ひっ、ぅ…ぅぁ、ぁあっ…うわぁぁああん…っ、!」と声を上げて泣きじゃくる香澄ちゃんを抱き締めて背中を撫でてあげる。「うん。怖かったね、もう大丈夫。来るのが遅くなってごめんね。一人で、頑張ってくれてありがとうね。大丈夫、大丈夫だよ」と何度も、ゆっくりと俺は声をかけ続けた。