お互いの命を持ってるみたいだね

誰かの話し声と、左手の熱に徐々に意識が浮上して、ゆっくり目を開けると泣きそうな顔をした萩原さんと目が合った。「は、ぎ…わら、さん、」と掠れた声で名前を呼べば「うん、いるよ」と優しく頭を撫でられる。

「ちょっと待ってね。今、先生呼ぶから」と私の頭を撫でた萩原さんが私の頭上に手を伸ばす。萩原さんの後ろに立っていたらしい松田さんと目が合って「ま、つだ、さん」と名前を呼べば「いい。無理して喋んな」と優しい声で返される。まだ頭がぼんやりしていて、体が重い。

寝すぎたせいなのか、まだ疲労が抜けていないからなのか。握られた左手が暖かくて、うつらうつらと意識が揺れる。「まだ眠たい?」と萩原さんに聞かれて「ん、へーきです…」と答えれば「そう?無理しなくていいからね」と布団越しにお腹をとんとん、と叩かれる。

病室にやって来た先生に色々と質問をされて、ぽつぽつと返事をする。いくつかの質問に答えて簡単な検査をしてから先生は「心身共にゆっくりと時間をかけて治していきましょう」と私に告げて病室を出て行った。

ぼんやりとその背中を見送って、萩原さんと松田さんを見た私は「助けに来てくれて、ありがとうございました」と座ったままゆっくり頭を下げた。「途中から、記憶が曖昧なんですけど…」と言いながらへらりと笑えば、私の左手を握っていた萩原さんの手に力が入る。

「…もっと、早く…ッ、助けに行けなくてごめん」と私を見つめた萩原さんは、くしゃりと泣きそうに顔を歪めた。どうして、あなたがそんな顔をするの。そんな事無い、と言おうとした私を遮るように「お前に危険が及ぶ可能性を分かってて、何もしなかった俺らの落ち度だ。怖い目に遭わせて悪かった」と松田さんも頭を下げる。

ぎりぎりと力一杯握り締められた拳が微かに震えていて、思わずきゅっと唇を噛み締めた。違う、二人のせいじゃない。そうじゃない。ぐるぐると頭の中で言葉が浮かんでは消えてを繰り返す。ぽろっと零れた涙に二人が目を見開いて、萩原さんが慌てたように私の頬に手を伸ばす。

「思い出させちゃったね。ごめんね、」と私の頬を伝う涙を拭ってくれる萩原さんに、ふるふると首を横に振ってそうじゃない、と訴える。困ったように眉を下げた萩原さんの手をぎゅっと握り返して、私はゆっくりと口を開いた。

「怖くて、気持ち悪くて、…っずっと、このままなら、いっそ死ねたらいいのにって思ってた」と呟いた私に二人が息を飲む。「でも、萩原さんと松田さんなら、絶対来てくれるって…信じてたから、頑張ろうって思えたの」と顔を上げて二人をしっかりと見つめる。

「コーヒーも、クッキーも、きっと気付いてくれるって…!ぜったい、ぜったいきてくれるって…っ、!おもえなかったら、がんばれなかった…!」と涙が溢れて、言葉が震える。それでも、伝えたかった。二人のせいじゃない。二人のおかげなんだって。

「ちがうの、ちがうの…!萩原さんと…、松田さんのおかげなの…っ、ありがとうっありがとう…!助けにきてくれて、ありがとう…っ!」と泣きじゃくりながら何とか伝えれば、萩原さんにぎゅうっと抱き締められる。松田さんも、萩原さん諸共抱えるように私を抱き締めていて、何よりも安心できる温度に涙が止まらなくなった。

「ありがとう。諦めないでいてくれて、ありがとう…!」と萩原さんが痛いくらいに私を抱き締めて「お前が諦めないでくれて、よかった」と松田さんが私の髪の毛をくしゃりと握り締める。あの時、あんなに泣いたのに。まだこんなに涙が出るんだ。二人の腕の中で泣きすぎて、疲れて眠ってしまうくらいにその後も私は泣き続けた。

◆◆◆

(Side:萩原)

あの時と同じように、縋り付くように俺の服の裾を握り締めて泣きじゃくった香澄ちゃんは、泣き疲れて眠ってしまった。真っ赤に腫れた目元が痛々しくてそっと撫でれば、ぽろりと綺麗な涙の雫が零れ落ちる。

「俺、この子のために何ができるかな」と独り言のように呟けば「傍にいてやれよ」と松田が返してくれる。「それだけで、いいのかな」と香澄ちゃんをゆっくりとベッドに寝かせて、そっと布団をかけてあげる。

すうすう、と穏やかな寝息を立てる姿が可愛くて、愛おしくて、何に変えても守りたいと思った。「それが、いいんだろ」と呆れたように笑った松田が俺の頭を小突いて、香澄ちゃんの前髪を指先でそっと払う。

くすぐったかったのか「ん…ぅ、」と身動ぎをした香澄ちゃんだったけれど、すぐに寝息を立て始めた。7年前のあの日、俺の命は香澄ちゃんに救われた。そして、同時に香澄ちゃんの命は俺が救った。

俺の命は香澄ちゃんが持っているような気がして、この子の為なら何だってできる。何だってしてあげる、と本気で思っていた。だからずっと傍にいたし、大事にしてきた。今回、香澄ちゃんは攫われて、どうしようも無い恐怖と嫌悪から逃げるために、己の命を手放そうとした。

けれど、それを繋ぎ止めたのは俺たちだった。信じて、待っていてくれた。「俺たち、お互いの命を持ってるみたいだね」と香澄ちゃんの頬を撫でて、小さく笑う。「起きたら、話をさせて」と香澄ちゃんのまぁるい額に唇を落とす。

まだ、伝えてないことがあるんだ。君の命を、これから先もずっと抱いて生きていきたいって。代わりに、俺の命は香澄ちゃんが持っていて欲しいって。そう言ったら、香澄ちゃんは何て言うのかな。
back/top