tori


9


静寂に包まれた室内にひとり、佇む影。
普段は賑やかなそこは主や客人がいないお陰で閑散としていた。

「……」

覚は竜也を探しに旅立ったスイレンを思いつつも、何もしないでいる訳にいかず城内をいつものように綺麗に掃除していた。
姫乃がいないから、部屋が汚れない。
スイレン達に食事を作らないから、なかなか材料も減らないし、買い出しする必要もない。
まるで抜け殻かのように黙々と掃除だけをする。
スイレン達に竜也の後を追うと伝えられた時、自分も共に着いて行くと伝えたが、それは却下されてしまい、暫くは落ち込んだのは秘密だ。
スイレン程ではないが、それなりに武術には自信があった。
それでも我が主は何かが引っかかるのだろう。
とても難しい顔をしていたのだ。

「……神子様と言うだけで、あそこまで動かれる方ではない。…きっと、……」

そこまで言って、覚は昔の事を思い出した。


スイレンの執事である岸辺覚は水国の人間ではない。
元の生まれは竜也達同様に日本だった。
よって、異国民なのである。


岸辺家は代々伝わる陰陽師の一族で、覚は分家の人間だった。
父の弟にあたる人物が岸辺家を引き継ぎ、陰陽師の継承者である。
残念な事に父はその能力を引き継ぐ程の才はなく、それでも血族ならではの力はある為、神社で宮司として弟を支える事となった。
そんな親の元に生まれた覚もまた、陰陽師としての力もある筈もなく、小さい頃から漠然と父の跡取りになる事が決まっていたのだ。
覚が父の跡を引き継ぎ、神主として慣れ始めた頃、それは起こった。


いつものように御経をあげ、一礼をした時。
チリンと鈴の音が鳴った。

「?」

覚はすぐさま閉じていた目を開け、辺りを見回す。
だが、この神社には自分以外に弟子が2人しかおらず、鈴を持ち歩いてる等今までなかったし、それに興味のある年齢でもなかった。
だとすれば父の弟の息子である少年が本日遊びに来る予定である事を思い出す。
同じ息子と言う立場なのに、父は早くに結婚をし自分が生まれた。
逆に父の弟にあたる彼は婚期が遅くなり、生まれた子供は覚の息子と言われてもおかしくない程に年齢が離れていたのだ。
だからだろう。
従兄弟にあたる少年とは大人と子供程なのに、自分にとてもよく懐いており、夏休み等は泊まりに来る程だった。

「おはようございます。本日は早い訪問です……ね…」

そう声をかけ、振り返った。
たが、室内は己ひとり。
背後には少年の姿もだが、誰ひとりいなかった。
シンと静まり返る中、自らの呼吸の音だけが聞こえる。
元々、不思議な体験をする事が多かった。
幼少期から人には見えない物が見えたり、聞こえたり、そんなものは日常茶飯事。
だから、大してその時も気にもしなかった。
まさか背後から白い手が伸びてくるまでは。

「っ…!?」

気付いた頃には口を塞がれ、不気味な程に青白く冷たい手の感触に全身がヒヤリとした。
まるで生きている人間の温度ではないそれに、覚の顔が蒼白へと変わる。
チリンと再び鈴の音が鳴った瞬間、床下が泥水のように変化し、そのまま沼に嵌まるような感覚で下へと埋まっていく。

「っぐ…!!?」

気持ち悪い程の沼独特の感触が消えたかと思えば、今度は下へと落下するかのような浮遊感。
目を開けてもそこに広がるのは真っ暗な世界。
いつまでも続く長いそれに、覚の意識は遂に途切れてしまった。


気づけば布団の上におり、見慣れない天井が目に入る。

「初めまして。川で倒れて、今にも溺れそうだったので、俺が保護したよ」

そう優しい口調で話す彼こそ、生涯の主となるスイレン・ウーだった。

「俺はスイレン。あなたの名前は?」

これが覚とスイレンの出逢いである。
右も左もわからない異世界でスイレンにより保護され、覚は永遠の忠誠を誓う。
この世界での結婚もだが伴侶すら要らないと心の中で決めたのだった。


(スイレン様…あなたにはきっとただの人助けだったのかもしれません。今回もそうだと思いたいですが、きっと違うのでしょうね…。私にとって、あなたは…)

ふっと微笑み、覚は窓の外を見つめた。

(この命にかえてもお守りしたい方ですよ。初めてお会いしたあの時から、あなたに惹かれてました…)

主以上の感情が芽生えていても神子でもなければ、竜也のように若くもなかった。
孫程に歳の離れた自分。
恋仲になれる等、期待もしてなければ、身分さえも違い、あり得ない事だらけだ。
何の因果があって呼ばれたのか、未だにわからない。
兄の弟のように陰陽師でもなければ、その息子である少年のように能力がある訳でもなかった。
人より少し不思議なものが見える程度、そんな自分がここにいる理由を等考えたって無駄だ。
姫乃に口説かれた時には驚きはしたが、胸が高鳴る事はなかった。
スイレンに救われたあの日から、覚の世界には彼だけしか存在しないのだ。
ただの傍観者でもかまわない。
傍にいられるのなら。


実は覚も異国民だったよってのを前から考えて、日本名にしました。いつ書こうかなと思ってたら、どんどん物語が進んでしまって(笑)これから姫乃×覚を書きたいけど、ナイトを固めたいから、まだまだ先かもしれない。


2025.08.18

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